真夜中の校舎で歌う

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考えるより早く、俺は駆け出す。 11時の方向へ。 世舟が言っていた通りの姿で、両手で竹槍を構え、姿勢を低くしてこちらに駆けてくる二体のイレギュラーを視界の正面に捉える。 目深に被った学帽に白い半袖のシャツ。戦時中のドキュメント映像から飛び出してきたかのような、時代を感じる出で立ち。 その二人の、まだ幼くも何かを守ろうと必死な眼差しに思わず気圧される。だが立ち止まれない。俺にだって守るべきものがあるんだ。 走りながら、左手に持ったスマートフォンのサイドキーを押す。イレギュラーと交戦中のアタッカーには、画面を目視で確認する暇なんてない。ブラインドタップでアプリケーションを開き、読み込みにかかる時間さえ計算して次の行動に移る。 『タタラオンライン』 日本刀のデータダウンロードを取り扱うオンラインストアを利用するためのアプリケーション。データ容量がでかいのが難点だが、お手頃価格で通信の安定性も高いアタッカー御用達の人気ストアである。 自分たち二人を相手に素手で突撃してくる俺の姿を見て、イレギュラーたちに困惑の表情が浮かぶ。だが攻撃を止めてくれるつもりはなさそうだ。 彼らから目を逸らすことなく、俺はスマートフォンを口元に近づけ、マイクに向かって告げる。 「会津正宗」 妖刀村正、などとカッコつけて言いたいところだが、さすがにこの場面でそんな高額データのダウンロードはできない。それこそ“パケ死”する。 コンマ数秒と経たずして、俺の右手にしっくりと馴染む日本刀の柄と鍔の感触。すでに目の前まで迫っていたイレギュラーのうちの一人が勢い任せに突き出してきた竹槍を、ダウンロードが完了したばかりの俺の会津正宗が打ち払う。 そのまま左半身に重心を残し、袈裟斬り一閃。相手は亡霊、手応えもなければ血も流れない。だが苦悶の表情を見せて崩れ落ちる敵の姿が俺の勝利を物語る。 「ぐっ…!」 だが、得物を持った二人を相手に一人ではさすがに分が悪かった。残る一人のイレギュラーの竹槍が、無防備になった俺の脇腹を後ろから刺し貫く。 イレギュラーから受けた打撃は『イグジストオアノット』のアプリ機能によりバッテリー残量から差し引かれる。死ぬわけではないが、痛いものは痛い。 まぁ、ダメージがかさんでバッテリーがゼロになれば『死ぬ』ことに違いはないのだが。
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