真夜中の校舎で歌う

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「エネミー反応なしっす。冥さん、お疲れ様っした」 見た目に反して意外と礼儀正しい世舟が、ゴーグルを額まで押し上げてこちらにペコリと頭を下げる。俺はスマートフォンを持ったままの左手を軽く上げて応えつつ、やや痛みの残る右脇腹の辺りを摩った。 突き刺されたとはいえ外傷が残る訳ではない。痛みも直に消える。だが、失ったバッテリーを取り戻す術はこの世界にはない。もう少し慎重にならなければ。 他の二人にはまだ告げてないが、俺にはこのミッションで為さねばならない重大な使命がある。いや、このミッションの為に俺は今までダイバーをやってきたと言ってもいい。 ここに来て、力尽きるわけにはいかないのだ。 亡霊が蠢く校庭の先にぼんやりと見える学校の校舎。その屋上から突き出した古びた時計台が目を引く。あれが、さっき檸檬が言っていた“五分遅れの時計台”というヤツか。 スマートフォンに表示された時刻表示より、なるほど確かに五分ほど遅れている。「都雲高等学校名物」などと呼ばれていることからして、随分と前からその状態のようだ。 業者に依頼して修理させればいいだろうに。修理できない理由でもあるのか、それとも、修理する必要がないと学校側が判断しているのだろうか。 「ねぇ冥くん。時計が五分遅れてるってコトはさ、ここと現実世界の間には時差があるってコトなの?」 「レモンさん、それはないっすよ。単に時計がズレてるだけなんすから」 檸檬から俺への問いであったにも関わらず、世舟が先に答える。だがその回答を俺は少し訂正してやった。 「いや、そうとも限らんぞ。あの時計の示す時間が正確だと思い込んでいる者にとっては、あの間違った時間こそが正しいのかもしれん。リバースワールドってのはつまり、そういう“思い込み”で成り立ってるような世界だからな」 一応、偉そうなことを言っておいて、俺は二人に隠れてポケットからタバコの箱を取り出した。だが、目ざとい檸檬がそれを見逃す筈もない。 「ちょっと冥くん、携帯灰皿は?」 「いや、持ってきてない」 「吸殻のポイ捨て、ダメ、ゼッタイ」 「ちっ。コマンド了解っす」 俺はわざとらしく咳払いをひとつして、気まずさをごまかすように世舟の口調を真似る。惜しむようにタバコを丁寧に箱にしまい、戦闘後の一服を諦めて二人に告げた。 「では任務に戻る。都雲高等学校、三年連続自殺事件の謎を追うぞ」
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