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「あれ?にゃんこだ!ほらあそこ、にゃんこがいるよ!?」
校門脇から校舎へと伸びる舗道を歩いていた時、突然そう言って檸檬が駆け出した。見ると、ちょうど今通り過ぎた辺りの自転車置き場のトタン屋根の上に、一匹の三毛猫がちょこんと前脚を揃えて座っている。
「わあい!にゃんこ!抱っこしたい!肉球ぷにぷにしたいっ!」
とてとてと小走りしながら、その小さな三毛猫に近寄っていく檸檬。お前なんかに捕まるノロマな猫がいるかよと思って見ていたものの、意外にもその三毛猫に逃げ出す様子はなく、必死に背伸びして差し出した檸檬の腕の中におとなしく収まった。
「わあ、かぁいい~!見て見てセイくん、かわいいよ~!触ってみる?」
「あ、俺、猫の毛アレルギーなんで。できればそのまま風下に立ってて欲しいっす」
はしゃぐ檸檬を尻目に、額に上げていたゴーグルをかけ直した世舟。さらにマスク代わりのつもりか、片手で鼻と口を覆う。そしてそのまま、猫ではなく俺の方へと近寄り、小声でこう尋ねてきた。
「冥さん、あのにゃんこもイレギュラーっすか?リバースワールドには動物の霊もいるんすね。俺、初めて見たっす」
「ここにいるのは死んだ人間の魂だけじゃない。現実世界では目に見えないモノ全て。妖怪だの神様だのといった存在でさえ、人間が信じるモノは皆、具現化される。そういう世界だ。猫の霊の一匹や二匹、いたところで不思議はないさ」
この説明は完全に『本部』の受け売りだったが、「へぇ~」などと言いながら珍しく目を輝かせている世舟を前に、正直にそうとは言えなかった。
「じゃあ冥さん。このリバースワールドには、アニメや漫画とかの架空のキャラもいたりするんすか?」
「いないよ。それらはちゃんと目に“見える”からな」
「はー、なるほど。なんだかその辺はややこしいっすね。でも、もし神様とかいるならガチでいっぺん会ってみたいっす」
「神様に会ってどうするんだ?」
「新しいベース買ってもらうっす」
「それぐらい、バイトして自分で買えよ」
ああ、いかん。気がつけばいつも通りマイペースな世舟ワールドに巻き込まれかけている。今はこんなところで無駄話なんぞをしている場合ではない。
時刻は零時三十分。 いつの間にか月に雲がかかり、夜の闇が一層濃くなってきたように感じた。
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