真夜中の校舎で歌う

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「おいチビっ子。にゃんこは置いといて、そろそろ先を急ぐぞ」 そう言って振り向いた先に、ついさっきまでそこで猫を抱いていた檸檬の姿がなかった。例の三毛猫だけが、舗道に座って俺の方をじっと見ている。 「おい檸檬!どこ行った?かくれんぼなんてしてる暇ないぞ!」 呼びかけてみるが返事はない。おかしい。あの臆病者の檸檬が、このリバースワールドで単独行動なんて取る筈がない。 真っすぐに俺を見ている三毛猫の瞳は綺麗なグリーン。だが、じっと見ていると引き込まれていきそうでなんだか不気味だ。 そう思った次の瞬間、俺を見ていたその三毛猫がニヤリと笑った。比喩表現などではない、本当に笑ったのだ。まん丸い目をさらに見開き、口の端を三日月型に大きく歪めて、その三毛猫は確かに笑った。 背筋に冷たいものが走る。 危険信号が脳から全身へ放たれる。 そして俺たち二人を挑発するかのように、三毛猫は校舎とは反対側の道へと向けて駆けていった。一瞬にしてその姿は闇に溶け、見えなくなってしまう。 ここまできて、ようやく俺の頭はひとつの結論を導き出す。いや、導き出さざるを得なかった。 今の猫…、死んだ猫の霊なんかじゃない。物の怪だ! 「世舟!」 「はい?どうしたんすか冥さん。てか、レモンさんは一体どこに行ったんすか」 「呑気なこと言ってる場合じゃないぞ!檸檬が…、猫にさらわれた!」 「まじっすか?猫にさらわれるとか、もしかして日本人女性初の快挙じゃないっすかね」 「案外、世界初かもしれんがな!とりあえずさっきの猫を追うぞ!」 世舟の返事を待たずして、左手に握ったスマートフォンのサイドキーの位置を無意識のうちに確認し、俺は猫を追って闇の中へと駆け出した。 なぜ猫が檸檬をさらったのか。殺して生き血を啜るだけなら今の場所でもできた筈だ。しかもあの猫、明らかに俺たちが気づいて追いかけてくるのを『待っていた』。なぜだ? いや、そんなことは考えたってわかる筈がない。わかりもしないことを今は考えるべきではない。 「世舟!『ヘイムダル』起動させとけ!」 「コマンド了解っす!」 俺は振り返りもせずに短い指示だけ出すと、暗闇に目を凝らしながら舗道を駆けた。
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