真夜中の校舎で歌う

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深く考える時間もなければ、またその必要もなかった。 例の三毛猫は俺たちをここまで連れてきた。そして今、ここへ入って来いと言わんばかりに体育館の入口が開け放されている。 確かに危険だが、飛び込む以外に選択の余地などない。 「世舟、行くぞ」 「まじっすか。冥さん、これ絶対ワナっすよ」 「わかってるさ。だが、そもそもチームを分断させられたのは俺の不注意が原因だ。汚名は返上する。必ずな」 サイドキーを押してスマートフォンをスリープモードから立ち上げ直し、俺はゆっくりと体育館の入口へと歩を進めた。砂利を踏みしめる世舟の足音がその背後に続く。 入口に立つと同時に、体育館特有の懐かしい匂いが鼻をついた。屋内シューズが床板と擦れ合う乾いた音が遠い記憶の片隅で鳴る。 照明はついていないが、二階席の窓からこぼれ落ちてくる月明かりで館内は十分に明るい。正面に見えるステージと、その奥にかかる校旗に描かれた校章がこの位置からでさえはっきりと見えた。 「冥さん、繰り返します。付近のイレギュラーは一体のみ。もう、見えてるっすよね?」 世舟に言われるまでもなく、俺の目は館内に足を踏み入れた瞬間からその姿を捉えていた。ステージ前に佇む人影。女性ではあるが檸檬ではない。ヒールの高いブーツを履いているようだが、あのチビっ子が同じものを履いたところでここまで背は高くならないだろう。 いやそれ以前に、全身から放たれる気配がまるで違う。明らかに人ならざる禍々しい狂気が、その女を中心にドス黒い渦を巻いているかのようだ。 物音ひとつしない静寂の中、その不気味な女と俺たちはバスケットコート越しに真正面から対峙した。 「イレギュラーの霊力、急速増大…。冥さん、こいつ、めっちゃ殺る気になってるっすよ」 戦闘は免れないということか。だが、なぜ。このイレギュラーが俺たちをここへ呼んだのか、それとも全てあの猫の仕業なのか。 「まぁ、あんたに聞いてみるのが一番手っ取り早そうだがな」  俺はその女を睨んだまま、ブラインドタップで『タタラオンライン』を起動させる。 女だと判断しているが、実際のところその根拠は腰まで届く長い黒髪と白いロングコートに包まれた華奢な体つきだけだ。何せ顔の下半分は大きなマスクに隠されていてまったく見えない。 だがそれが発した、機械の自動音声のような無機質で甲高い声は、確かに女のものだった。
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