真夜中の校舎で歌う

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不意に風が止み、白い月明かりが俺たち三人を仄かに照らす。 リバースワールドへダイブする際に義務付けられている項目のひとつ、『互いの視認性向上の為、ビニール、もしくはナイロン等の光沢のある物を身につけておくこと』。 イレギュラーの強大な怨念は俺たちダイバーの視界を歪ませ、滲ませ、赤に染める。実際のところ、俺自身、このルールのおかげで窮地を脱したことは過去に幾度となくあった。 そんな少し昔のことを思い出しつつ、俺はスマートフォンの画面に指を這わせ、ホームの隅にひっそりと置いていたアイコンをタップし、とあるアプリケーションを起動させる。 □■ existornot …nowloading… dive countdown…5…4…3… □■ 『イグジストオアノット』  リアルワールドとリバースワールドを行き来する、ダイバー必携のアプリケーション。このカウントダウンが終わった瞬間、俺を取り巻く世界は反転する。 「リバース」 タイトなナイロン製の黒いボトムスのポケットに片手を突っ込み、俺はそう呟いた。 「りばーす!」 鮮やかなピンク色をしたナイロン製のリボンで髪を結んだ檸檬も、いつになく真剣な面持ちで呟いた。 「リヴァース」 妙に綺麗な発音で、茶色いライダータイプのナイロンジャケットを羽織った世舟も呟いた。 □■ existornot …nowloading… dive countdown…3…2…1…0…complete □■ テレビの電源プラグをぶつりと引き抜いたような音が耳元で鳴り、俺の視界は暗転。その後、ぐにゃりと地面が歪む。 慣れないな。 何度経験しても、世界がひっくり返るこの瞬間の気持ち悪さに慣れることはない。 荒波にもまれる小舟の上にいきなり放り出されたような感覚に、絞られた胃から吐き気が込み上げてくる。 俺はぐっと歯を食いしばって吐き気を無理やり抑え込むと、手にしたスマートフォンからまた新たなアプリケーションを開いた。 □■ massage …nowloading… □■ 『マスエイジ』  たまに読み違えてるヤツもいるがmessage( メッセージ)ではない。マスエイジだ。 このアプリケーションをインストールしなければコマンダーとは認定されない。そして、コマンダー不在チームのリバースワールドへのダイブは『本部』から許可されない。
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