真夜中の校舎で歌う

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校舎へ向けてゆっくりと歩を進めながら、世舟の索敵結果の報告を待っていた時。 「うわ!ヤバイっす、冥さん!」 突然立ち止まり、世舟は自分の両耳を塞いだ。 いきなり好戦的なイレギュラーでも現れたかと身構えかけたが、世舟のリアクションからそうではないことをすぐに悟る。 世舟が耳を塞ぐのは、彼がこのリバースワールドで最も嫌っているものが押し寄せてくることの前触れ。 『呪詛』。 「うあああ、これマジヤバイっすぅ!レモンさんヘルプミー!」 風や空気、あるいは地脈の流れによって時折叩きつけられる亡者たちの声のカタマリ。それが『呪詛』と呼ばれるものだ。 悲鳴、怒号、泣き声、笑い声、呻き声…、亡霊たちの発する様々な声が鼓膜を突き抜け脳天までをも揺さぶる。この強烈な不協和音が世舟は大の苦手らしい。 ロックをやってるぐらいだから轟音や爆音には慣れてるだろうにと最初の頃は思ったものだが、どうやら高い音感を持つ者ほど、この呪詛に弱いことが最近明らかになってきている。 呪詛自体に直接的な害はない。だが場合によってはしばらくの間、この“クソやかましいノイズ”の波に晒され続けることになる。サポーターである世舟が集中力を欠いた状態はチームにとって極めて危険だ。 いや、しかし…。さすが校庭を埋め尽くすだけの数の亡霊、この呪詛の波は確かにキツい。耳元で鳴り響く亡者の叫び声にさすがの俺も顔をしかめる。 「檸檬、リミッター頼む」 「はいはーい、コマンド了解!『ノイズリミッター』起動っ!」 そしてこのチビっ子、視覚的な恐怖には弱いがこの呪詛にはめっぽう強い。つまり、先ほどの法則に当てはめるならかなりの音痴ということになる訳だが、どのみちこいつの歌唱力の低さなど俺の知ったことではない。 檸檬に言わせれば、呪詛も「なんかウルサイなぁって感じ?」程度のことらしく、決して怯むことのない彼女のその鈍感さに助けられることもあるが、基本的にはその鈍感さゆえにチームが窮地に立たされることの方が圧倒的に多い。 その上、亡霊がいきなり目の前に現れたり追いかけられたりするとすぐパニックに陥るのだから困ったものだ。
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