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「……直帰だし。いる訳ないし」  幻聴とは自分も壊れたものだ、年下の男にそこまで入れ込んでどうするというのだ。戸野塚の書類をデスクの上で立ててトントンと音を鳴らして揃えた。 「真田主任」 「何」 「書類に何か不備でも」 「ううん。特に……え??」  高めのトーン、ハスキー……。話し掛けられて私の心拍数は一気に上がった。手元の分厚い書類から視線を上げる。だってその声の持ち主は。 「戸野塚くん?」  目の前にはスーツの君が立っていた。濃いグレーの上着、わずかに縦線の入った生地のシャツ、淡いブルーのストライプのネクタイ。短めの黒髪、薄いホクロ、夜で少し伸びてきた髭。愛しの戸野塚ではないか。 「お急ぎのようでしたので昼休みに届けに上がりましたが、抜けてましたか?」 「い、いえ。特に」 「それなら良かったです」  静かなオフィス、私は心臓が打ち鳴らす鼓動の音が聞こえてはマズいと深呼吸した。 「出張で忙しいところなのに、わざわざ」 「いえ、出張といっても近場でしたし、先方の都合で待ち時間もあったので」 「助かった。ありがとう」  労いの言葉を掛けると笑顔を見せる戸野塚。夜のオフィスに似つかわしくない爽やかさだ。 「主任、お昼はどちらに」 「大竹さんたちと隣のカフェで。4名でサービスになるチョコピザ目当てで誘われてね。でも美味しかったの」
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