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上司の、年上の、こんなババアなど戸野塚の眼中にない。圏外。電波の通じ合える位置にいる若者が羨ましい。私はあからさまに瞳を輝かせることすら許されないのだから。
「おはようございます!」
戸野塚がオフィスに現れた。大竹を始め、戸野塚の引き出しにチョコを忍ばせたメンツ達がキラキラと瞳を輝かせる。ただの片想いでも、それはそれで素敵なものだと思う。恋い焦がれて、目の前に片想いの君がいれば胸をときめかせ、いない日には想いを馳せて胸は締め付けられて。
昨日届いた戸野塚の書類に印鑑を押す。昨日、出先からわざわざ書類を届けに来たのは社員食堂のブラウニー目当てでもなく、私という女目当てでもなく、ただ上司である主任に媚びを売りたかっただけ。戸野塚は席に座るとパソコンを立ち上げる。そして直ぐに私のモニターにメール着信を示すマークが現れた。発信元は戸野塚だ。
“昨夜はご馳走さまでした”
一言だけだった。社交辞令。なのに私の中ではテンションが上がる。誰にも見えない心の内で萌えるだけなら許されるか。また付き合ってね、と軽くジャブを流すように返事をして戸野塚を見ると、戸野塚も私の方を見ていた。私は頷くように顔を縦に振り、アイコンタクトを取る。戸野塚も軽く会釈する。これも社交辞令だろう。
自分の左手の小指を見つめる。きっと昨夜の指切りも社交辞令、もしくは胡麻擂り。そう自分に言い聞かせてないと気持ちだけが暴走してしまう。私は再びパソコンに向かい、仕事を進めた。
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