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 私は恋をしている!と舞い上がったのも一瞬だった。高鳴る胸を落ち着かせようとオフィスの化粧室に駆け込む。その鏡に映る自分を見て背筋が凍った。僅かに影を見せる目尻のシワ、頬のシミ。こんな私が恋をしてどうなる。直属部下の、7歳も年下の男性にどうしろというのだ。付き合え、と告白する? 7歳も年上のババアに、しかも上司に付き合えと言われて戸野塚は迷惑するんじゃないか。そもそも戸野塚だって年下の可愛い女の子がいいんじゃないか。こんな34の、頬が弛み始めたババアより、短大出たてのピチピチお肌の女の子の方がいいんじゃないか。私じゃ駄目なんじゃないか、そんな負の妄想が凄まじく力を発揮する。  ただ指を咥えて見ているしかないのか。ならせめて、義理チョコに見せかけた本命チョコを彼に渡すくらい、許されてもいいんじゃないか……。そう考えて手作りのトリュフを鞄に忍ばせて出勤した。今日はバレンタイン前日の13日、戸野塚はいた。戸野塚と2人きりになる機会を窺うけれど、ワンフロア70人いるオフィスにそんな隙は無い。じゃあ仕方ない、終業後を待って渡そうと思ったけど数人の社員が残業していた。で、皆が帰るのを待っているうちに当の本人が“明日は朝早いので帰ります!”と退社してしまったのだ。  万事休す……そして臨機応変。私は皆が帰るのを遅くまで待ち、誰もいなくなったところで戸野塚のデスクの前に立った。デスクの上では皆に見られる。彼の引き出しの中なら戸野塚にしか分からない。で、引き出しを開けて忍ばせておこうと思ったらいつの間にか既に4個のチョコが引き出しに入っていた。
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