■ 一日目 ■

2/20
489人が本棚に入れています
本棚に追加
/415ページ
本当に嫌な朝だった。 外は雨が降っていた。 目覚まし時計は壊れていた。 パンはカビていた。 その上、ベッドでは眠り姫のように美しい女性が添い寝をしていた。 多分、オレは恋をしていただろう。 この女性が死体でなければ。 「な……な……」 白い首には、ピンクダイヤのネックレスと内出血によるアザが付けられている。 目元を強調した派手めの化粧に、明るく染めた長い髪。 どこかで見たような、整った顔立ち。 ブランド物らしき高そうな、そして露出の高い服が目を引いた。 腰の辺りが少し浮いているのは、下で布団が丸まっているのだろうか。 強めの香水が、寝ぼけた鼻を刺激する。 ぴったりと密着している華奢な腕は、ゴムタイヤのように硬かった。 「り、律!」 誰の仕業かはすぐに分かった。 この部屋のもう一人の住人、牧野律だ。 無愛想で気まぐれ。 偏った才能の持ち主。 カビたパンでも平気。 おまけに、部屋の隅が大好きだ。 オレが起きたときだって、タンスと窓との間に出来た角から、細い足を手で抱えてじっとこちらを見ていた。 「何なんだ、この死体は」 すっぽりとかぶった毛布の下から、無造作な黒髪とアーモンド形の目が覗く。 「拾ってきた」 彼は無表情に答えた。「キレイだったから」と言葉を付け足した。 オレも綺麗なもんは大好きだ。そりゃ、宝石が落ちていれば拾ってくるだろう。 だけど死体だ。 宝石みたいに光らない。 売れない。 保存がきかない。 「もうひとつ。なんでオレの隣に置くんだ」 「お礼。いつもここに居させてもらってるから」 「おまえはネコか? ネコだってもっと片付けやすい物を置くぞ! せいぜいネズミの死体だ。嬉しそうに見せに来るが、こっちはいい迷惑だ。 だいたい何でおまえは迷惑ばっかりかけるんだよ! 二十一歳のくせに無職、居候、おまけに家事も満足にできない。役に立つことって言ったら、カビたパンの処理くらいだ」 まくしたてたあと、オレは想像した。 警察に捕まる自分。 手錠を付けてカメラのフラッシュを浴びている。 同じ牢獄の中にこいつがいて、部屋の隅からこちらを見ている。 まずい食事―― 肉は薄い。 野菜はしなびている。 骨が圧倒的に多い魚。 米は臭い。 パンはやはりカビている。 「喜ぶかと思った」 律は言った。 「嫌なら、元の場所に返してくるよ」
/415ページ

最初のコメントを投稿しよう!