歌と文字と女と俺

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朝の日差しが眩しくて思わず目を細める。 時計を見てみると、納得だ。 普段より三時間近くも遅い上がりなのだから。 ヴォーカリストとして社会に出てどのくらいになるだろうか? 名がいつまで経っても売れない俺は、とにかくがむしゃらに歌い続けるしかない。 夜に活動を開始し、朝まで小さなライブハウスで、賑やかなクラブで、洒落たバーで… 外で歌う予定がない日は事務所で曲作りに専念する。 幸運なことに、その高い歌唱力を社長に評価されている俺は、なんとか食っていけるくらいの仕事量は確保してもらえている。 小さくて今にも潰れそうな事務所だけれど、俺は死ぬまで此処で曲を書き、歌い続けていきたいと願っている。 歌う事と書く事だけが俺の存在意義…まさに生きている証なのだ。 仕事が終わるのは大体毎日、朝方の朝日が昇る前。 暗い道の中、自転車を飛ばして帰る。 しかし今日は、ライブが終わった後に、同じヴォーカル仲間の千穂ちゃんに相談を持ち掛けられてしまった。 通称『駆け込み寺』の異名を持つほど聞き上手な俺は、こんな風にリアルの友達からネット友達、同業界のライバルにまで渡り、人生相談や恋の相談を受ける事が日常茶飯事なのだ。
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