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「あなたの名前は留美子です。花田留美子先輩」
カップに伸ばした手が空中で止まる。
「な、んで…」
わたしの名前を知っているのだろう。
突然の事に声が、出なかった。
萩は立ち上がると、サイドボードの引き出しから黒い縁の大きな眼鏡を取り出し、かけ、振り返った。
「覚えてませんか?」
そう言われても、何も思い出せなかった。黒縁の眼鏡なんて今じゃファッション感覚で着用する人も多いのだから、なんの手がかりにもなりはしない。
「無理もありませんね。僕、すっごく大人しくて目立たない生徒でしたから」
萩の口調が、変わった。俺から僕に。ため口から敬語に。
「じゃあ、これは」
そう言って、次ぎに萩が引き出しから取り出したのは、ガーゼのハンカチだった。白地に、花や蝶の刺繍がほどこしてある。これには、見覚えがあった。
「これって…」
あ!
そこで、ようやく私の記憶が弾けた。
「あの時の…」
「そう、あの時の変態君です」
眼鏡の奥で、萩が寂しそうにはにかんだ。
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