耳鳴り

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 帰りの道中、ゴミの散乱する辺りに戻るまでは五分と掛かりませんでした。普通に歩くだけならなんて短い道だろうとさえ。 「怖かったですか?」 「えぇ、とても」 「これに懲りたら、二度と馬鹿な真似はしない事ですね」 「はい、肝に命じます」 「コンビニに辿り着いたら、塩を買うと良いかと。お清めは家に帰るまでに必ず」 「……清めてしまっていいのでしょうか」  元はと言えば、私の身勝手が引き起こした事。なのに清めてしまうのは、なんだかとても霊へ失礼な気がして。 「良いんですよ、他人に向けられた憎しみや怒りまで貴方が背負う必要はありません」 「それでも……」 「良いんですよ」  優しく繰り返す彼の方を盗み見ると、彼は先程の悍ましい顔で、真っ黒な目を細めて、優しく笑っていました。 「良いん……でしょうか」 「貴方が伝えるのはきっと、悪戯半分の恐怖だけじゃない。俺らみたいな奴を増やさない為に、書いて下さい」  最初から全て、彼には分かっていたのでしょう。浅はかな私の企みだとかが。 「少しの間でしたけど、随分助けられてしまいましたね」 「全くですよ、次に会うとしても俺は向こう側でしょうね」  何故か楽しそうに笑う彼が何を思っていたか、私には聞く術はありません。  救う術も持たなければ。もしかしたら今綴っているこれですら、無駄な恐怖を煽るものかも知れません。  ですが、私はこの物語を嘘偽りなく此処に記しましょう。 「出来れば、生きてる内に貴方に会いたかった」 「……私もですよ」 「それでは、また出会わない事を願って」 「えぇ、二度と会わない事を願って」  奇妙な別れの挨拶でしたが、彼と私の間はそれで締めるのが良かったのだと信じています。  すうっと消えた彼の居た場所を暫く眺めていましたが、それだけです。  また彼に会う事が無いように。  私はこの物語を書き記す事で、一晩の恋物語を終わらせます。  願わくばこの百物語に、一片の恋物語が混ざって、霊の怒りを鎮めて下さいます様に。 (了)
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