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夜闇が徐々に薄れ、空の端から茜色の朝焼けが眠りから醒め始める頃合、ティルアはふっと身体を起こした。
隣には静かに寝息を立てるアスティスの姿があった。
金の髪。
長い睫毛に伏せられている聡明な蒼い瞳。
整った鼻筋と形のよい唇。
広い肩幅、頼りがいある厚い胸板。
ティルアをいつでも包み込む大きな腕。
全てが愛しいと思った。
「……次に逢った時は……何番目でもいい。
あなたの傍に……置いてね……」
ベッドから降り立ったティルアは眠る彼に唇を合わせた。
涙は零れず、そこにあるのは彼の幸せを願う心だけ。
着てきたクロークを羽織り、彼の部屋を退出したティルアはすぐにも自室へと戻り、荷造りを始めた。
ラズベリアを救うためには、アスティスから離れなければならない。
アスティスを救うためには、ラサヴェルに愛を説かねばならない。
双方を護れる方法が一つだけある。
ゆえにティルアは、ラサヴェルの元へ身を寄せようと決意した。
セルエリアの教会の下には、孤児院とは別に独自の見受け施設があると耳にしている。そこへしばらく身を寄せようと思った。
目的は二つ。
式が滞りなく終了するまで身を隠すこと。
もうひとつは、ラサヴェルに愛を説くこと。
全てが滞りなく終わったら、その時こそ彼の元へ帰る。
一番に愛されることが無理でもいい。
アスティスの傍に居られるだけでいいと心からそう思えた。
心の中に灯る火。
きっとそれが愛だと今のティルアならはっきりと断言できた。
持ち物は、町娘用のドレス数着と幾ばくかの路銀。書庫で借りた本。
指に光る愛の証――。
朝靄が浮かぶセルエリアの街路を歩く足取りには揺るぎない決意が滲む。
人通りのない街中は閑散としていた。
朝露に濡れるウォームカラーの石畳を足早に駆ける。
水の都セルエリアは街中の至る場所に循環水路が流れている。
絶えず流れる水路の脇を通り抜けようとしたその時だった。
石畳と水路とを隔てるタイルに若干の段差があった。
「――――あ……」
高さのあるヒールに不慣れなティルアはすぐにも足を取られ、バランスを崩した。
身体が落下していく。
手を伸ばして見える朝焼け空。
近付く流水音。
思いのほか速い流れに逆らえない身体。
「や、アスティス、アスティス……助け――――」
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