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* * * *
セルエリアに来国してから幾度目かの日が過ぎた。
この頃になると、深夜の懺悔室に訪れる者は限られた者だけになってくる。
連夜通しての睡眠不足も祟(たた)ってか、少しずつ蓄積されていく疲労。
勿論、セルエリア大聖堂にも牧師はいる。
朝の祈りまでまだ時間があるからと仮眠室へと案内されたラサヴェルは教皇帽をポールへと引っ掛けるや否や、ベッドへと俯せに倒れ込んだ。
身体中がミシミシと悲鳴を上げるものの、それをおくびにも出すことは許されない。
身体が惰眠を欲する中、微睡みの入り口に思うのは昨日のこと。
愛らしさと凛とした強さ。
二つの魅力を兼ね備えた少年のような少女のこと。
誘いの言葉も常套手段も知らない無垢な存在に心動かさずにはいられなかったのは事実だった。
あの娘のことだ。
アスティスを護る為と言いながら、この場所を訪れるに違いない。
幾ら言葉を用意しても、幾ら懐柔しようとしても、ラサヴェルは首を縦に振るつもりなど元から微塵もなかった。
「……また来るだろうな……緋薔薇は」
――罠に掛かりに。
愛らしい緋色の瞳を悩ましげに狂わせ、涙を溜めながら喘ぐ姿を思い出し、ラサヴェルは口元を歪ませた。
* * * *
午前の祈りを終え、教徒らを見送ったラサヴェルは扉の前に立った。
街中がいつになく賑わいを見せている。あちらこちらで話し声が上がっている。
信徒らの世間話からも得ていたことだが、どうやらアスティスの結婚の触れが出されたらしかった。
ミアンヌ側からはラサヴェルにと何度もコンタクトを取りに訪れることはあるものの、逆はない。
うまくアスティスの母親を操ることに成功したのだろう。
セルエリア王妃という肩書きを手にするために。
しかし、街中の様子がいつもと変わっているのはそれだけではなかった。
セルエリア兵があちこち忙しなく走り回っている。
先日起きた立て籠り事件のような反政府活動が起こる可能性を見越しての配備ともとれるが、どうやらそうではないらしかった。
「ラサヴェル、先日は世話になったな」
大聖堂の扉前に立つラサヴェルの正面に男が立っていた。
短めの灰髪に漆黒の瞳。
太めの眉がきりりと引かれる。
がっちりした体つきに恵まれ、騎士団の一員として活躍するセルエリア王子。
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