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バラック屋根と腐った木材が紐で結わかれただけの家屋が建ち並ぶ。
走り回る幼子らは腹を空かせ、水っ腹をたぷたぷ言わせながら駆け回る――
以前訪問に訪れた際にはそのような光景が広がっていた筈だったのだが。
貧民街の様子がまるで違っていた。
建ち並ぶ家屋からはそれぞれ驚喜と感嘆の声が上がり、子らは台に乗せられた食べ物を輝くばかりの目で見つめ、頬張る。
婦人らなどは真新しい服に袖通し、笑顔を振り撒いている。
仕事がないような貧民街の者達がそのような資金を用意できる筈がなかった。
だが、先日の一件からクーデターや暴動などが再度起こった形跡も報告も上がってきてはいない。
澄んだ水のような蒼の眼差しを訝しませるようにしながら、貧民街の中央部、会合などに使われる広場で足を止めた。
白銀の糸のような眩いばかりのプラチナの長めの髪。
病的な程蒼白い色素の薄い淡肌。
アクアマリンに似た、深い色みを漂わせる理智的な蒼の瞳。
救いの十字を白いクロークに乗せて。
繊細な美しさと神々しさを一身に負うラサヴェルの前に、人だかりが出来ていた。
「ラサヴェル様、ラサヴェル様!」
人々の讃える声ににこやかに手を振る。それだけで歓声が湧く様に嘲笑に似たものが込み上げてくる。
本当の救いというものがあるとすれば、ディアーナを慕う彼らはこのような底辺の生活を強いられる筈がない。
そう思うと自らの立ち位置というものがいかに空虚な偶像であることか虚しさまで覚える。
それでも大司教というものは民に救いを説く。
未来の希望を一筋の光明へと変えるべく。
「皆さん本日は幸せそうですね。
これもディアーナ神のお仕組みでしょうか」
錫杖をしゃらんと鳴らし、民に語りかける。
「女神ですよ、女神が降臨したのです!」
「我らに施しを下されたのです!!」
「女神ディアーナ様の生まれ変わり違いありませんわ!」
口々に発される言葉にラサヴェルは思わずにはいられなかった。
もしかしたら――と。
「……女神ですか。
ディアーナ神は直接的な物的施しを好む神ではありません。
ですが、その女性には是非ともお会いしたく思います。
彼女はどちらに……?」
見渡す限りの視界に彼女とおぼしき者の姿はない。
見る者を魅了する紅玉の瞳――
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