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雑踏の中から一人の女性が前に出る。
「ラサヴェル様、彼女は……彼女は私を庇って……連れて行かれました……」
「庇って……連れていかれた?」
耳を疑った。
貧民層の者達が日々の生活に追われていることはラサヴェルも知っている。
そして、借金を重ねる者も少なくないことも。
一般区の者達が貧民層の者達に高利貸しする理由は一つ。
借金をカタに“ 稼ぎ手 ”を得ることにある。
身請けした者……特に女性を買い取り、夜の店で働かせるというもの。
「その女性は……、その女性は栗の髪に赤い瞳の……」
「ラサヴェル様、ご存じなのですか!?
今朝方、用水路に流れ着いたところを私どもが保護したのです。
目を覚ました彼女はこの街の惨状にとても驚かれた様子で、指に嵌めていた豪華なルビーの指輪を売ってその資金を皆に配るようにと――」
「なっ……指輪を……!?」
ラサヴェルはただたた驚くばかりだった。
白い指先を口許にあてがい、意識を飛ばす。
だが、いくら考えを及ばせても全く理解できるものではなかった。
指に光る赤いルビーは、確実にアスティスが贈ったもの。婚約指輪と思って間違いない。
そのような物を売る行為が何を意味するか分からないほど無神経ではないはずだった。
一体何が起きているのか皆目見当もつかず、ただ唯一しなければいけないことがラサヴェルを突き動かす。
「その店はどこにありますか?
私が行って様子を見てきましょう」
女性はすぐにも頷き、雑踏の列から離れた。ラサヴェルもまた、供の神官に代役を頼み、後を追う。
* * * *
「ええ、うちの店におりますよ。
胸はありませんが、とびきりの美人でしてね。
本日入荷したばかりの新人ですからね、今はさしずめ、準備中というやつですよ、へっへっへ」
ラサヴェルの身の上を知ってか、店員の男は恭しく頭を垂れ、訪れたラサヴェルを案内する。
ラサヴェルは始終無言で案内されるままに男の後についていく。
部屋ごとに掛けられているネームプレートにはそれぞれの源氏名が記されている。
完全な防音とは言えず、造りの甘いドアからは甘い声がいくつも上がる。
ラサヴェルは眉をひそめながらその脇を通りすぎていく。
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