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月が近い。
光の輪を纏う円月がなだらかな弧を描いて銀河に浮かび上がる。
うっすらと霧のように立ち上る湯気が辺りをさまよう。クリスタルグリーンの湯色に香りの強い香花が水面を優雅に漂っている。
ちゃぽんと湯が跳ねる音が湧き立つ。
うっすらと肌を薄赤に彩る女性が湯船に浸かっていた。
大きめのバレッタで留められたエメラルドの髪。同じ輝きを放つ冷ややかな瞳。
白肌に実る、大きな二つの膨らみは月光を反射させてより艶を増している。
ティルアは洗い場で身体を流した後、タオルを身体に巻いて隠し、遠慮がちに湯船の端に足を着けた。
小さく一つ上がる波紋。
「あら、ティルアさん……?」
「こんばんは、ミアンヌ様。端、失礼します」
湯船の離れた隅っこにちょこんと座る。
循環水流が絶えず浴槽へと湯を注いでいく音が静寂を掻き消してくれるようで、少し有り難かった。
ほわほわと虚空に舞い上がっていく湯気が外気に溶け込んでいく様を飽かず眺めていた。
「ティルアさん、この国にはいつまで滞在なさるおつもりかしら」
ミアンヌから声を掛けられた。
「…………どういう……?」
ミアンヌがティルアとアスティスの結婚を知らない訳がない。
にもかかわらず、このような言葉を掛けられる背景――来国してすぐ、ラサヴェルが話していた言葉が脳裏を掠めた。
『なぜセルエリアへ?
まさか婚約間近のお二人の仲を引き裂きに来たのですか?』
ラサヴェルはアスティスとミアンヌの二人に会いに行ったと言っていた。
「あら、まさか今の今までご存知ありませんでしたの?
わたくしとアスティスの結婚は両国間では暗黙の了解となっておりましたの。
明日にはセルエリア城下に触れが正式に出されることになっておりましてよ」
「う、嘘だ、だって、だってアスティスは私と――」
思わず立ち上がった拍子、タオルが水面に沈んだ。
露わになる胸元。
抉れた胸が縫い合わされた傷痕。
ミアンヌの口許が歪む。孔雀毛で隠されていたものが白日の下に露わになる。
「…………醜い身体ね」
「――――っ」
エメラルドの軽蔑の眼差しがティルアの胸に注がれる。
ティルアは唇をぎゅっと噛み締める。
「そうかも……しれない。
でも、でもアスティスは……アスティスは言ってくれた!
こんな胸でも……綺麗だって!!」
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