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「……アスティスは言ってくれた!
一緒に背負うって。
この傷を見る度に……私を幸せにすると誓ってくれるって!!」
情熱を色灯す紅い瞳が歪んだエメラルドの瞳を見据え、射抜く。
ミアンヌの瞳が一瞬たじろぐも、しかし。
「なら、アスティスはあなたを抱く度に、あなたのその身体を見る度に罪の意識に苛まされるというわけね。
アスティスはあなたにしてしまった罪悪感が負い目になって、振りほどけずにいるのよ。
可哀想……そうしていつまでも苦しみ続けるのね」
「…………っ、違う!
アスティスはそんな人じゃない!!
アスティスは、アスティスは――」
「ねえ、あなた……さっきから聞いていれば、アスティスの何を知っているの?
アスティスと過ごしたっていってもたかだかひと月あるかないかの付き合いでしょう?
……私は違うわ。私は彼が幼少の頃から知っているの。
幼い頃からずっと私は彼の隣にいて未来のセルエリア妃になることを夢見ていた」
「確かに……私は……アスティスのことを全て知っている訳じゃない。
それでも、それでも彼は言ってくれた!
私を……私を愛してるって!!」
負けたくない。
アスティスを奪われたくない。
ティルアは悪意に真っ向から立ち向かう。
彼を信じている。
だからこそ、ここで自分が折れるわけにはいかないと強く思った。
「…………っとに、聞き分けのないゴミね」
「!?」
ミアンヌがぼそっと発した言葉にティルアは耳を疑った。
呆気に取られる心が状況についていけていない中、ミアンヌは畳み掛けるように続ける。
「あなたの故郷――ラズベリア。
もし私とアスティスとの結婚が破棄にでもなったら、アスラーンではラズベリア商品の不買運動が起きるでしょうね。
勿論、そうなればラズベリアとの国交は断絶。
我が国との交易で持っているあなたの国は奈落の底に落とされる!
国力は衰え、民の生活は荒み、やがて暴動が起こるでしょうね……そうしたら、あなたの愛する家族は――」
何物にも動かさないと念じていた心の隙間にするりと暗闇が忍び込んだ。
闇はみるみる内にティルアの心を次々と破壊していく。
姫王宮の王子となるべく、心に誓った出来事が脳裏に甦る。
貧しさで命を断った民の存在がティルアの胸を苦しめる。
「……っ、僕は……僕は――」
ティルアは湯船に膝をついた。
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