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ティルアを慕ってくれたラズベリアの民を裏切ることなど、出来るはずはなかった。
「うっ、あああ……っ」
水面に波紋が幾つも立つ。
頭を抱え、踞(うずくま)る。
みなぎっていた覇気は全て失われてしまっていた。
肩をガクガクと震わせ、栗色の髪を垂らし、ティルアは呻(うめ)いた。
水面が揺れ動く。
ミアンヌは満足げに笑い、立ち上がった。
「花は時が経てば枯れる。
枯れた花はいつしか根が腐り、悪臭を放つようになる……。
どんなに綺麗に咲き乱れるラズベリアの花々も行き着く先はゴミになる。
綺麗な花のままで別れられてよかったと、むしろ感謝してほしいくらいですわ」
高笑いがティルアの耳に入り込む。
ミアンヌは湯船にうなだれるティルアを見おろし、悪夢のような一言を残していった。
「どうしても彼の傍に居たいというのなら、彼に泣きついて妾(めかけ)にでもなりなさいな。
私もそこまで鬼ではありませんわ。
二番目なら許してあげてもよろしくてよ」
遠ざかる足音が完全に消えてからも、ティルアはその場から動けずにいた。
アスティスか、ラズベリアか。
どちらか一方しか護れない。
そのような選択を安易に選べなかった。
しかし、そこにラサヴェルの話が持ち上がってくれば話は変わってくる。
ラサヴェルはアスティスの母親が過去に起こした自分達親子を貶めた罪を明るみにすることで二人を王座から失脚させようとしている。
――アスティスが苦しむことになる。
「……あった。
ラズベリアも、アスティスも。
両方護れる方法が……」
ゆらゆら動くなだらかな水面に己の姿を映しながら、ティルアはぼんやりと、
ただぼんやりとクリスタルグリーンの湯に沈んでいた。
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