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丁寧に丁寧に身体を磨いた。
どんなに磨いても消えない痕に絶望しながら、部屋に戻る。
御髪を整え、お気に入りの髪飾り、マールが持たせてくれた愛らしいネグリジェにいそいそと袖を通す。
別のクロークを羽織り、ティルアは部屋のドアを抜け出た。
足は迷うことなく、ある場所へと向かう。
廊下伝いに灯されるランプ。
星月夜の窓伝いに響く足音は、危なげなくヒールを叩いていく。
立派な金装飾のドア前に立つ。
緋色の瞳にはある決意が滲む。
大きく深呼吸する。
今からしようとすることに、涙が零れないようにと上を向いて堪える。
二つノックを鳴らす。
すぐにも扉がそろりと押し開けられた。
半開きされたドアの向こうに現れた物憂れ気なアスティスの瞳がすぐにも見開かれた。
そこに言葉はいらなかった。
ドアが大きく開かれる。
大きな腕がすぐにもティルアに伸ばされる。
ティルアも同じように腕を広げ、彼の胸に飛び込んだ。
大きな温かい胸に顔をうずめた。
じんわり感じる彼の鼓動、彼の匂い。
全てがいとおしくて、彼の背に回す腕の力を強くする。
応えるようにアスティスの腕がティルアの背に回る。大切な物を逃さないというように、きつく抱かれる。
反動をつけていたドアが慣性で静かに閉まる。
彼の腕がそろりと離され、指先がティルアの頬へと触れる。
見上げる彼の瞳、インディゴブルー。
ティルアの鼓動が跳ね上がる。暴れるように、熱に浮かれるように。
見つめられるだけで身体の芯まで震えるような甘美な熱が駆け巡っていく。
――違う。
ティルアは思った。
アスティスの前髪の端をそっと掴む。
さらさらの金色の猫髪。
鼻に触れる。
形の整った鼻梁。
唇に触れる。
顔が熱くなる。
彼の唇の熱を思い出す。
もう一度視線を上にあげる。
優しいインディゴブルーの瞳は優しい光を伴い、真っ直ぐにティルアだけを映している。
――全然違う。
アスティスは、アスティスは……!
ラサヴェルと似てなどいなかった。
彼の瞳はティルアへの愛に満ちていた。
胸が熱くなる。
鼻先から込み上げてくるつんとしたものを飲み込み、ティルアは言った。
「アスティス……キスして……」
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