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何度も携帯を落とす俺を見て、伊織が俺の手を掴んだ。
「貸して」
「伊織…」
「初めて見る…こんな、かなで」
伊織自身も力が入らないのか、震える手で俺の携帯を奪う、俺の代わりにダイヤルを押してくれた。
返された携帯で救急車を呼ぶ間も、伊織の血は止まらなくて…どんどん冷たくなっていく。
それなのに傷口を抑えることしか出来ないのが、もどかしい。
「大丈夫だから…泣くな」
痛いはずなのに、苦しいはずなのに、怖いはずなのに。俺を見て笑顔を向ける伊織に、ほろほろと涙が溢れてくる。
泣いて視界が滲んで、伊織が見えなくなるのが更に怖くて、強く目を擦って。
泣くなと言われても、自然と流れる涙に抵抗が出来なくて…伊織はまたふっと笑った。
「泣くなって…」
俺の頬に手を添えて、涙を拭ってくれた。その手にはもう、ほとんど力が入ってなくて。
ほんの数秒で力なく手が落ちるのを見て、おかしいなと呟く伊織の瞳が…だんだん落ちていく。
「伊織、寝るな…っ」
「かなで…いつも、ありがとな」
まるで最後の言葉のように。息も絶え絶えで囁かれたその言葉を最後に、伊織の瞼が完全に閉じたのを見て、今までで一番、叫んだかもしれない。
伊織が、居なくなる。
その瞬間訪れた感情に、俺も息が苦しくなって…このまま一緒に行きたいとさえ思う。
「奏…っ、伊織?」
突然現れた裕翔に、ああ、そういえば呼んでいたなと…虚ろになってきて。
「裕翔。伊織がいなくなったら…俺も、」
「何言ってんだ奏、おい!」
声が遠のいていく。
俺の人生から伊織がいなくなったら…俺はどう生きていけばいいのかな。伊織と出会うまで空っぽの人生だったのに…また戻れる気がしない。
明日を思って笑える日が無くなるのは、嫌だ。
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