ふゆやすみ

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大丈夫かと声を掛ける伊織に、最初はただの通行人が話し掛けて来ただけだと思ってた。 『うぜえ。話しかけんな』 『うわあ…変な方向に足曲がってんじゃん。痛くないのそれ。痛くないわけないか』 何もするなと制止する俺の言うことなんか一切聞かず、救急車を呼ぶ伊織に、余計なことをするなと怒ったけど、伊織はビビることも悪びれることもなく。 救急車に運ばれた姿を見届けると、ケラケラ笑って去っていった。 その時は、それだけで終わると思ってた。たまたま会っただけの関係で、こうやって伊織と一緒にいるなんて、想像もしなかった。 なのに、退院してからは街中で見かける度に俺に話しかけてきた。それも頻繁に。 後々聞けば、裕翔も増えて俺探しという名の馬鹿なゲームを始めてたらしい。 当時は人と会うことも話すことも億劫で、あしらっても絡んでくる伊織達をたまに殴ったりもしていた。それでもあのバカどもには全く関係ない。 『見付けた…!今日は俺の勝ちだぞ裕翔!あ、逃げた!追え!』 俺は本気で嫌で逃げてたのに、しっかりと鬼ごっこを楽しんでいたらしい。今思えば馬鹿げた話だ。伊織達相手に逃げようとするなんて。 もちろん、数の多い伊織達が常に有利で、携帯で連絡を取り合いながら俺を追い詰める連携プレーはプロ並みだった。 『はい捕まえた!腹減ったー。飯行こうぜ』 『行かねーよ』 『捕まったら言うこと聞くって約束しただろ!』 『してねーってのそんな約束』 『いつデレんだよツン期間なげーって。仕方ない…100円奢ってやる』 『100円で揺れると思うなよ』 『素晴らしいツッコミだ。君を仲間と認めよう。よし!飯行くぞーっ!』 『………』 何を言っても聞かない馬鹿共に、俺もだんだん言い返すのを諦めた。逃げるより、捕まった方が楽で。断るより、一緒に遊んでさっさと終わらせる方が早いと。 最悪なことに学校も同じで、逃げ場なんか無かった。それは、今考えると俺の救いだったのかもしれない。伊織に出会えて、伊織と一緒にいれたから。
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