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● ○ ●
「ラーサー様」
「……ん」
落ち着いたアルトボイスは、ラーサー=ファウルを微睡みから醒まさせる。
何度か目を開閉させて焦点を合わせると、視界に映ったのはプリントに印刷された数式の数々だった。
(ああ、そういえば夏休みの課題をやっていたんでしたね)
我ながら珍しいなと苦笑してしまう。机に預けていた上半身を戻して、彼は自分を起こしてくれた人物に感謝の意を述べる。
「すみませんね。アザゼルさん」
白髪をオールバックにした、六十代の男性エルフだ。着ているのは燕尾服。そして役目は使用人。ザ・爺やとでも言うべきか。ファウルの家が王国の貴族となって、“不慮の事故で両親がいなくなって”も、ずっと支え続けてくれた家族同然の恩人だ。
「こちらこそ申し訳ありません。お疲れのようですが、毛布をご用意しましょうか?」
「心配いりませんよ。この手の課題は早めにこなすに限りますし──何より、明後日以降の楽しみのためです」
転がっていたペンを手に取って机に向かい合う。魔法基礎学の課題は残り二割。あと一時間で終わらせると意気込んでプリントに目を通そうとした直前。
部屋の──ラーサーの私室の扉が控え目にノックされた。
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