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「どうぞ」
「──失礼します」
最近雇ったメイドが、恐る恐る入ってきた。この部屋に入るのは始めてのはずなので、緊張しているのかもしれない。
「何かあったのですか?」
「と、当主様がお帰りになられましたので、ご報告をと思いまして」
一瞬。
ペンを握る左手が震えた。
「──兄はどこに?」
「お部屋でお休みになってます。ひどくお疲れのご様子でしたので……」
「おお、それは良い。あの方はここ最近激務続きでしたから、休養はしっかり取ってもらわねば。シェフにも今夜の晩餐は気合いをいれるように伝えましょう」
「……そうですね。僕、少し兄と話をしてきます」
言って、メイドの脇を通り抜けて廊下に出た。
この屋敷はファウル家のものであるが、厳密には自分が生まれた家ではない。エルフとは本来、森の奥深くに里を作って生活するものである。掟とまではいかないが、それが常識だったのだ。
里を出て自由を求めるエルフが現れ出したのは、ほんの五十年前。ラーサーの先祖もその一人であり、ファウル家は今でも『世界への進出。他種族との共存』を掲げている。王都に家を建てたのも、人との融和の第一歩としてのアピールだった。
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