第二話 他愛ない日常

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◇◆◇ 「おい、沖田」 「なんですか一さん」 賑やかな足音と怒鳴り声を耳の片隅に聞きながら一さんと呼ばれた、長い黒髪を首の根近くで一つに結った青年が不機嫌そうな声を上げる。 一方横にいる中性的な美少年。沖田は白い粒の入った壷を左手で抱え、もう片方の手でソレを摘みながら一を見上げた。 そんな沖田の仕草を見て、一はさらに眉間の皺を濃くする。 「お前、その手に持っているのは何だ。あと一呼びはやめろ斎藤と呼べ」 「えー一さんは一さんですよー」 「沖田」 もう一段低くした声で一……斎藤が釘を刺せば、沖田は誤魔化すようにへらりとゆるい笑みを返した。 それは何だという問いには答えず、一つまみ摘んだソレを煮え立つ鍋へと振りかけようとする。 「待て」 その手を横から伸びてきた斎藤の手が掴んだ。 勝手場。かまどには薪がくべられ、煌々と赤く燃える炎の上でくつくつと煮物が煮立っている。 その上空にある沖田の手を抵抗を抑えながらぐっぐっぐっとゆっくり離していく。 ぷーっと頬を膨らませた沖田の頭を、斎藤は彼の手を押さえていないもう片方の手に持ったおたまで軽く小突いた。 「いったーなにするんですかっ!」 「お前の胸に聞け。いいか。もう一度聞くぞ?ソレは何だ」 手を離し、自由になった手をイタイイタイと言わんばかりに左右に振る。 小突かれた頭を涙目で摩りながら沖田は非難の瞳を斎藤に浴びせた。 しかし、斎藤はそんな沖田の瞳など意に介せず、逆に心底不快だと自分より数センチ下にある彼の瞳を睨み返した。 「なにって……砂糖ですよ砂糖!見てわかりませんか?」 「わかる。ソレが砂糖だということはよもや問題ではない。俺が聞きたいのはなぜソレを鍋に入れようとしているのか。ということだ」 「ああ!なんですか!」 そんなことですか。 先ほどの非難の色に染まった瞳から一変。 沖田はその瞳を輝かせ、何の悪そびれた様子もなく言い放った。 「これ、すごく辛そうじゃないですか。だからこの砂糖一壷分いれたら丁度いいかなーって思ったんですよ一さん!」
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