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時は平成。季節は春。桜の木に葉と花が混じる頃。
銀のフレームで縁取られた先の世界には桃色の花がゆらゆらと揺れている。
四十組程度の机と椅子が規則正しく並ぶ教室は、部活に行く為や家に帰る為に教室を出て行く者、友人との待ち合わせや友人との会話の為に教室に残る者に別れる。
そんな教室の片隅、教室の前扉から対角にある椅子の周りに数人が集まっていた。
「おーい律。今日遊びに行かねぇか? 休みなんだろ剣道部」
「あーわりぃ。今日俺、用事あるわ」
掌を合わせて申し訳ないっというポーズをとる。
切れ長の瞳を閉じ、頭をさげると長い、淡い栗色の髪が揺れた。
いわゆる学ランと呼ばれる制服に袖を通した律がそう言葉を発すると、「えぇー」と不服そうな声が返ってくる。
「りっくん、今日こないのー?」
「あたし、りっくんといっぱい話したかったなー」
「わりぃーな。どうしてもはずせない用事なんだ」
律を囲むように化粧の濃い女子生徒が寄ってくる。
強い香水の匂いを発する女子生徒にいやな顔一つ見せず律は彼女たちの頭を謝罪の言葉と共に撫でてやった。
学生鞄代わりに使っているリュックに数冊の教科書とノートを詰めて背負う。
別れを惜しむ髪の明るい女子生徒の間を抜け出した。
「あー純っ! 今日お前ん家で飯食わして!」
「りょーかい。母さんにメールしとくわ」
教室の前扉を開けたところで手を止めて後ろを振り返る。
先程まで律が居た人の郡はばらばらと散らばりそれぞれの帰路へとつこうとしていた。
振り返り瞳に映した少年に、日常の一部と化した言葉を口にする。
返ってきた言葉も決まりきった返答だ。ふわふわとした短い黒髪を揺らして、純と呼ばれた少年は教科書を鞄に詰める手を止めて笑顔を見せる。
その笑顔に笑顔を返し、律は教室を飛び出した。
三階から二階へ、二階から一階へと駆け下りる。
「錦戸! 廊下を走るな! あといい加減に女子の制服を着ろ!」
「わりぃ先生! 今日ちょっと急いでんだ! 説教はまた今度にして!」
靴箱へ続く廊下を走っているところですれ違った教師に呼び止められる。
おざなりに返事をすれば、さらに怒号が返ってくる。
そんな声も無視して律は一度として歩みを止めないまま靴箱へ向かった。
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