第1章 声

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      音が止んで拍手が起こる。そこで初めて、自分が突っ立ったままだったことに気づいた。     「琉可!早よ座り」   母に腕を引かれ、無理やり座らされたけれど、それでも琉可はぼんやりとしたままだった。 歌っていた男は何も言わず、一礼して舞台袖の方に下がっていった。新婦は静かに泣いていて、隣の新郎に肩を抱かれていた。歌詞や音の力に、今の自分の幸せや、新郎に歌ってもらったような錯覚を覚えたのだろうか。     そう考えて、なぜか無性に寂しく、悲しくなった。  一言で言うと、衝撃的だった。 あんなに感情のこもった音は初めてだった。   喜びなのか悲しみなのか、愛おしさなのか寂しさなのか。複雑に絡まった感情が、溢れ出しているような声。   すべてを堪えているような瞳。   全部、全部、初めてだった。     (……何か、あったんかな)   歌い終えた彼は、痛みを我慢するような表情すら見せた。そのことに、琉可の他に気づいたような人は居なかったようだけれど。
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