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俺はその日いつものように印刷所へ向かい、昼飯を食べようと会社に戻ってる最中だった。
スクランブル交差点の中、多くの人が行き交いながら信号を渡り切るとき――俺にむかって、細身の女がぶつかってきた。
信号が点滅して赤になろうとしているのに、押し退けて通ろうとしている。しかもフラフラしていて、足元がおぼつかないのが見てとれた。
「おいちょっと、危ねぇよアンタ」
腕を掴んだら、いきなり倒れ掛かってくる。
「っ……何だ!?」
驚きつつもしっかりと女の体を抱き抱えて、慌てて信号を渡った。
抱き抱えてるからこそ分かった。体に伝わってくる、異常なまでの体温の熱さ――
「アンタ大丈夫か? 熱があるぞ」
人ごみの邪魔にならない場所まで連れて行き、その場にしゃがみこませた。
「大丈夫です。これから、行かなきゃならないトコがあるので……。締め切りが、もぅ、す――」
言ってるところでコト切れて俺に倒れこみ、荒い息を繰り返す。
この声の感じ――
「女かと思ったら男だったのか。行かなきゃならないトコって、郵便局なのか?」
男を支えながら手に持っていた物を見ると、ライバル出版社の名前が書かれた、ライトノベルのコンテスト応募宛の茶封筒だった。
複雑な心境を抱えて男をよいしょと背負い、知り合いの医者が経営してる病院へ向かう。
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