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「やっぱ、ダメ。昼間からこんなエロいの聴いてたら、頭が変になる」
よく言うよ。昼だろうが夜だろうが、以前なら関係なく襲ってきたくせに!
僕の傍を足早に通り過ぎて、オーディオの電源をご丁寧にブチ切った。
「もぅ、何やって――」
くれちゃうんだよと文句を言おうとしたけど、それ以上の言葉が出なかった。頬を赤らめて僕のことを見つめる、困惑した表情がそこにあった。
「……何て顔してんだよ。普段エロエロなものを読んでるクセに、こんなの序の口だろ、編集者なら。」
そう言葉を続けたのに黙りこんで下を向く。普段から無口な人だから、何を考えてるのかが全然分からないんだよな。
「あーあ、せっかく執筆熱が上がったのに急降下だよ。誰かさんのせいで」
机に頬杖をついて背中を向けたまま、ぶーぶー文句を次々と言ってやる。僕の担当として、それってさいてーじゃね?
「イヤだったんだ、だって――」
「なぁにが?」
「おまえに似てるから。流れている声が、さ」
「はあぁ!?」
――自分で自分の声が分からない。……つか、こんな魅惑的なボイスしていないってば。
「あのさ、ちゃんと耳、ほじったほうがいいんじゃないの? 僕こんな声していないって」
相変わらず立ち尽くす郁也さんの傍に行き、憐れみを込めて優しく肩を叩いてやる。そんな僕をちらっと振り返って見たんだけど、顔が赤いままだった。
何かこっちまでムダに照れが移る。つか耳をほじった方がいいのは、自分だったりするのかな――
「なぁ、キスしてって言ってみろよ」
「へっ!?」
素っ頓狂な声を上げたら、振り向きながら渋い顔をして腰に手を当てつつ僕を見下ろしてきた。
郁也さんに言ってほしかったセリフを、どうして自分から言わなきゃならないんだ? 突然すぎてドキドキする暇もなく、しかも僕に強請るなんて、折角のセリフが台無しじゃないか。
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