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「ジュースが好きなティルアには最初はロイヤルミルクティーがいいかな。
まずは紅茶のおいしさを好きになって貰いたいからね」
ふっと薄く笑んでラサヴェルは店員を呼びつけ、追加オーダーを取り付けた。
テーブルには、トングが添えられたシュガーポットが置かれている。
ポーションタイプのミルクはまだ存在せず、ミルクピッチャーを使う。
「お、お砂糖入れてもいい?」
「どうぞ」
「たっぷりだよ?
たっぷり入れても怒らない?」
「ふふ、なんだそれ。
好きなだけ入れたらいいじゃない」
甘いものの食べ過ぎはよくないとティルアに言い続けてきたアスティスの神話が一瞬にして崩れ去った。
嬉しそうにオーダーを待つティルアは空になったオレンジジュースのグラスに挿されたままのストローをくるくるとかき回している。
その隣でディンブラティーに口をつけるラサヴェルは微笑ましい笑みを浮かべていた。
アスティスが見たこともないような笑みだった。
ティルアは以前、記憶を失っていた時期、ラサヴェルに恋をしていた。
その頃の記憶がまざまざと甦ってくる。
半分ほどカップに残されていたコーヒーを飲み干すと、胸に苦味が押し寄せる。
紺の外套の下、アスティスは深い苦悩を胸に抱きながら過ごすはめになる貴重なオフを憂いだ。
やがて店員はフルーツタルトとロイヤルミルクティーをティルアの前に運んできた。
ちらりと横目で見たのだろう、アスティスのカップが空だと気づいた店員はすぐにも出戻り、コーヒーを注いだ。
「うわぁあああ、おいしーい!
ほっぺたが落ちちゃうよ~」
先に到着したタルトを頬張りながら、ティルアは幸せいっぱいに頬を緩める。口の回りにはタルトの生地とフィリングのソースがべったり。
それでいながら、テーブル回りだけはチリ一つ落とさないところが不思議なくらいだ。
「口元、ソースまみれだよ」
「いいよぉ、食べ終わってから拭くもん」
ティルアはいつもそうだった。口を拭いても拭いてもすぐに汚してしまう。アスティスはそれすらも可愛いと思ってしまうから、最近はどうしようもないのだろうと思い、止めもしなくなった。
「へぇ、ならそれ、僕が食べちゃおうかな」
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