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「……ラサヴェルのそれ、ちょうだい」
「ふふ、しょうがないなティルアは」
そして今度こそラサヴェルは切り分けたクグロフを一切れフォークに挿し、涙目になるティルアの口元へと運んだ。
ぱくん!
間髪開けずにティルアがクグロフに食いつく。
「おいしい……幸せだよぉ~」
「ふふっ、よかったね」
完全に餌付けされたペットと化してしまっている妻の姿にアスティスは頭をガンガン痛ませる。
せっかくの二人きり、楽しみにしていたデートにまさかの事態。
コーヒー片手にカップを傾けるアスティスは、結局クグロフもガレットもラサヴェルからシェアされて喜ぶティルアを見て嘆く他なかった。
「…………はぁ、もういい。
好きにしてくれ。俺はもう疲れた」
代金分の紙幣をコーヒーカップ下に滑べり込ませ、アスティスは席を立った。
大人げないと言われればそうかもしれない。
それでも、このままこの場にとどまっていれば、言ってはならない言葉を発してしまいそうだった。
* * * *
「あっ、……あれ、アスティス?」
「ティルア、俺はそろそろ公務に戻る。
せっかくだから君はラサヴェル兄さんに甘えてゆっくりしていけばいい」
ずっと紺の外套を羽織ったままのアスティスの表情はティルアからは窺えない。コーヒーカップの下にかませた代金は明らかに三人分以上の紙幣が挟み込まれていた。
焼菓子ガレットをポロポロとこぼしながらかぶり付いていたティルアは手を止める。
出口へと遠ざかっていく姿がどこか淋しそうに見えた。
「アスティスのこと、仲間はずれにしちゃった……だから怒って帰っちゃったのかなぁ」
「いや、ティルア。
そうじゃないと思うよ」
まるで状況を理解していないティルアにラサヴェルは苦笑する。
「じゃあ公務だったんだ……午後の公務はないって言ってたのに、無理して私のワガママに付き合ってくれてたのかなぁ……」
手にしていたガレットが皿に置かれる。
しょんぼり萎んだティルアの背が丸くなった。
「ふふ、ティルアは本当にかわいいね。
じゃあ、今からティルアは暇だね?
大聖堂の僕の部屋に来ない?」
「え、でも……」
「僕の部屋にはもっと珍しいお菓子があるよ。
ティルアが望むなら、全部あげてもいいよ」
「…………うー」
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