第1章

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 下村は檻につかまって叫んだ。オタクにしては大きな声だ。  両隣からはひっきりなしに話し声が聞こえている。  それから一週間くらいたって、検事調べというのがあった。刑事が取り調べをした「供述調書」をもとに検事も取調べをするという奴だ。また手錠と腰紐で繋がれて行って、長い時間待たされるであろう。  この留置場では、水曜日と土曜日に入浴ができる。湯を流しっぱなしにした一人用の風呂に順番に入るのだ。石鹸やシャンプーは自分で購入することになっている。買うことのできないものは官のものをかしてくれる。入浴時間は二十分で二十人となると着替えや永く時間がかかる奴もいて半日以上かかる。俺は検事調べの出発が九時ということもあって午前七時台に入った。  検察庁の仮監獄に入ると、半グレが一人ベンチに寝そべっていた。頭の悪そうな奴だ。  反対側のベンチの隅で腕を組んで目を瞑っていた。また凄いのが連れてこられた。薄目を開けてみると赤いジャンパーに赤交じりのズボン、しかもスキンヘッドである。五十才は過ぎている。なぜかニコニコしていた。話しかけられるとまずいと思い急いでまた目を瞑った。  係りの警官が手錠をはずしでていくと、スキンヘッドは半グレの席、つまり俺の前に座った。 「どっから来たのすかや? ハハーン」 ハハーンはあまり会話には意味がないようである。 「塩釜、おたくは?」 「泉、ハハーン」 「シャブ?」 「五つだよ、五つ」 「ヘー! 五つも?」 「ピストルだべ、シャブ、大麻、使用、売! ハハーン」 「こりゃ凄えや」 「十年は喰らうな。お宅もシャブ?」 「シャブと風俗」 「軽いな、ハハーン」 「弁当持ちだからな」  執行猶予中らしい。  ハハーン、ウン! 正確にはこう言っている。恐らくシャブのやりすぎで咽喉にタンがつまっているのだろう。 ウン!はタンを切っているのだろう。切れないだけだ。 「監獄法も明治時代から変わっていないらしいな。ハハーン、ウン!」  案の定、流しに行って「ペ!」とタンを吐いてきた。 「監獄法?」 「そう! 明治から!」 「そうなんだ?」 「お宅、幾つなんすかや?」 「三十六」 「加藤の順って知らない?」 「あの、ハゲの?『もも刺しの順!』」 「そう! もも刺し!」 「アッハハハ…」 「ガハハハ。もも刺しもも刺しガハハなんかとガハハ言えガハハば、すぐガハハもも、ももガハハ、ガハハ、ハハーン! ウン!」
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