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「三十万にしてやろうか?」
「いいよ、競馬だろ。娘に追い出されるよ」
「十ヶ月分借りられるよ」
「ほんとかよ」
「嘘じゃねぇよ。保証人も担保も何にも要らないんだってよ」
「借りてくれよ、頼むよ」
「手数料は?」
「三万やるよ」
「止めた馬鹿馬鹿しい」
「幾らだよ」
「十五万と言いたいが、十万でいいよ」
「いや、やっぱりだめだ。止めとこう。娘に叱られる、駄目駄目」
と、踵を返した。
「気が変わったら電話しな」
爺さんは住まいのある二日町のほうにトボトボと歩いた。時間は午後四時を過ぎたばかりであった。そろそろ孫たちが帰る時間になった。
今頃になって空腹感に襲われた。
「思えば、昼飯食ってないなぁ……」
焼き鳥の匂いが漂う。赤提灯が目に付いた。
「一杯やりてぇなぁ」そう思っている爺さんの目に公衆電話が目に入った。爺さんはズボンのポケットから有り金の六十円を手に、公衆電話ボックスに入った。十分後に定禅寺通りと国分町通りの角にいた。さっき別れた相手もいた。
「手数料五万でどうだ、それより多くも少なくもねぇ。それなら借りるがどうだ」
「五万かぁ……」
「おめぇも女房にいくらか渡さなきゃいけないと違うか。三万でも。三万でもあるとないでは天と地ほど差があらぁ。それでも二万残るじゃねぇか。俺やおめぇの行くとこなんざ十日も飲めらぁ。どうだ、いやか?」
昔東京にいたという爺さんの啖呵に押された相手は頷く以外なかった。
「よう! おめぇもよかったなぁ。よう!」
焼酎の湯割を片手に爺さんは真っ赤な顔をして相手に叫んでいた。
「あぁ、助かったよ。悪いな」
「いいってことよ。お互い様ざぁな」
「もう少し、レバ食うか?」
「いいねぇ」
「よう! レバ四本くれや、塩で」
そう言って相手は残りのシロを口に入れた。
「電話しなくていいのか」
「バーロー、娘はとっくに仕事にいってらぁ」
「孫が心配するべ」
「心配? よう! 誰が心配するって?」
「孫だよ、孫」
「心配するかよ……。爺ちゃん臭いって逃げ回ってらぁ」
「違えねぇや、ハハハ」
「年取ったなぁ……」
「年取ったなぁ……」
同じことを言って神妙になる二人。
「若いときは良かったなぁ」
「だなぁ……」
「おめ、幾つになった?」
「六十八」
「まだ出来るか?」
「相手次第だな。婆相手じゃ駄目だ」
「ババァ、未だやりたがるのか」
「寝た振りするの大変だよ。ハハハ」
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