第1章

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「それが、まだ、あるんだ」  ここは出るけど、これから拘置所に移るらしい。所謂移鑑という奴だ。シャブがやめられなく、親分から逃げ回っているうちに、この警察署に逃げ込んだというのがそもそもの真相らしい。  やはり永い間ここにいた者らしく、各部屋に声をかけて出て行った。  毛布が一人に一枚与えられ、初めて入ったのだから何もない。本もノートも、便箋も注文はできる。出前も自弁と称して自由に頼める。出前は前日に注文をとりに来るが、本やノートは曜日で決まっていて、週に一度注文することができる。  何もないから、何もすることもできず、毛布に包まっていると、「何で俺がこんなところに閉じ込められなければいけないんだ」と思ってくる。  今朝の八時半。  昨夜は遅くまで仕事をしたので、まだ眠っているところに、玄関チャイムが鳴った。  人間にはこういうところもあるらしいが、「胸騒ぎ」がしてなぜか反射的に時計を見たのだった。ドアののぞき穴から見ると仙北署の刑事であった。しかも五人だ。  この担当刑事は剃刀のような奴で刑事以外何も当てはまらない男である。この事件で、東京のある警察署で出張取調べを受けた。  うれしそうに「逮捕状」をかざして廊下で待っている。  東京で逮捕されて、今はもう仙台の仙北署の留置所だ。  午後五時半に官弁と称する弁当が差し入れられた。入り口の檻の下に20センチ×15センチ位の差し入れ口があって、そこから弁当と湯か水が差し入れられる。湯か水は選択できる。両方選択もできる。所謂世間で言う「臭い飯」ではなく、どこにでも売っているような弁当だ。カロリー計算もされているという。  しかし動揺している精か三分の一も食べられなかった。昼飯時と夕食の時だけはラジオ番組が流される。特に音楽は気持ちが和らぐ。       朝は七時に洗面の時間だ。各房から順番に外に出され、係官のいるカウンタ-の前の流し台に行って歯を磨き、顔を洗う。そういうことを部屋ごとに行うのだが、たまにどこかの部屋の人たちと会うこともある。「同病相哀れむ」で、すぐに打ち溶ける。近くに係官がいるのでめったなことは言えないが全員各々どっちかといえば味方なので心強い言葉も聴ける。  洗面が始まると、廊下側にしかないのだがカーテンが外から閉められる。この時間は本もノートも便箋も返さなければならないので、ボーッとしているほかはない。
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