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朝から響く、トントンと包丁がまな板を叩く音で彼は目を覚ました。
ハッキリしない頭のまま、もぞりと布団の中で寝返りを打ち、目を擦りながらのそのそと身体を起こす。
「あ、起きた?おはよー、台所勝手に借りてるよー」
「おはよー姉ちゃん、久しぶり」
キッチンに向かったまま、音だけで弟の起床に気付いた姉が投げ掛けた朝の挨拶。
やはりまだ眠いのか、ほにゃっとした笑みを浮かべながら弟もそれに応える。
「まだ1ヶ月くらいでしょ?そんな久しぶりでも無いと思うけど」
「久しぶりだよ、今まではずっと一緒に居たからね」
相変わらず姉は淡々と作業をこなしながら背中を向けたままで、弟はぐっと身体を伸ばしてからようやく布団から立ち上がる。
「どう?大学は、あたしは行けなかったからさぁ」
「楽しいけど、思ったより独り暮らしが面倒臭い」
手を止めないまま、間を繋ぐように次々と言葉を投げ掛ける姉。弟は頭を掻きながらその背中に近付いて行き。
「あと、寂しい。かな」
ポツリ、そんな弱音を漏らした。
「顔洗ってくれば?それともここ使う?」
「ん、行ってくる」
そんな弱音を聞こえなかった事にしたのか、さらりと話題を摩り替えた姉に不満気な表情を見せた弟。
それを声にも出してから、浴室の方の洗面所へとぼとぼと歩いて行く。
寝ぼけ眼を抉じ開ける冷たい水で顔を打ち、段々と意識がハッキリとしてきた弟はふっと疑問が頭に浮かんだ。
(なんで、姉ちゃんが居るんだ?鍵、閉めてたよな……)
その時、とんっと背中に柔らかい衝撃。背中から胸元に回された腕に、抱き付かれたのだと弟が気付くまでは少し時間が要った。
「あたしこそ寂しかったぞ、バカ。もっと小まめに連絡してよね……」
ぎゅっと、背中に抱き付き。口元を埋めながらもごもごと聞き取りづらく喋るのは、姉の照れ隠し。
正面から言いたい事を言えなければ、照れた顔を見られるのも嫌なのだ。
「姉ちゃん」
「へっ?」
身を捩り、するりと姉の腕を抜け、今度は弟がその腕の中にすっぽりと姉を包んだ。
「心配無いよ、僕はずっと姉ちゃんの弟だから」
(了)
シバっちゃん、こんな感じで勘弁しろ下さい……
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