第1章

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 「そりゃ、そうですけど……」浩二が、今一つ気乗りがしないといった表情を浮かべた。  「じゃぁ逆に聞くけど、キミは、このままうやむやにしたほうがいいと思っているのか? みんながわだかまりを抱えたまま仕事を続けていくようになってもいいのか?」  「そうは思っていませんけど」  「それじゃ協力してくれよ」  「わかりました」浩二が頷いた。  「やり方はキミに任せるから……」健一は、やり方は任せるので、はっきりとしたことがわかった時点で報告してくれるよう口にした。  思案顔を浮かべた浩二は、カップの残りを一気に飲み干した。 3.  健一と浩二が席を外した後のオフィス内には動揺が広がっていた。普段から寡黙な井上こそは黙々とデスクの上のパソコンと向きあっていたものの、鶴見、中山、江川、間島の四人は、デザイン制作の手を休め、手の指を動かしたり目をキョロキョロさせたりなど落ち着きのない行動を取り始めた。事務担当の加藤も、男たちの顔色を覗っている。  「社長、マジに怒っていましたね」江川が、誰に向けるともなく呟いた。  「あの二人、外に出ていっちゃったけど、どうしたんだろう?」中山が、他の五人の顔を見回しながら、社長と管理部長が外に出ていったことへの疑問を口にする。  「今後の対策を打ち合わせしているんじゃないの? オレたちに聞かれたらまずいこともあるんだろうしね」最年長の鶴見が訳知り顔で言葉を口にした。三十歳と社員の中で最年長であり唯一の家庭持ちでもある鶴見は、他の五人とは異なり落ち着いた雰囲気を身にまとっていた。今も動揺する態度を表に出す社員たちの中で、彼だけがクールな表情を浮かべていた。  鶴見の言葉に、何人かが頷く。  そんな中、間島が、誰にともなく「労働基準監督署って、なんですか?」と問いかけた。間島は、井上や江川と同じで、専門学校を卒業してすぐに小島デザイン研究所に入社してきた生抜き社員だった。年齢は二十二歳と五人のデザイナーの中では一番若い。間島の中でも他の四人は先輩であるという意識があり、なにかにつけて自分のほうから教えを乞うていた。  間島の質問に対して、鶴見が「会社の労働分野に関する法律違反を取り締まるところだよ。前にいた会社でも、労働基準監督署の人間が会社に乗り込んできたことがあったよ」と口にする。
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