第1章

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 内閣総理大臣としての腹は決まっているのだが、国会審議中に野党から閣内不一致という揚げ足取りをされないためにも、どのような事案についても閣僚内での意思疎通を図っておきたいというのが大泉の考え方だった。  大泉の呼びかけに、財務大臣の工藤が発言を求めた。  「提言書の中で、労働基本法廃止に伴う国内総所得への影響として、短期的には微減で中長期的には増加に転じるとあるのですが、ちゃんとした根拠があるのですか?」  ただでさえ財政強化が最重要課題として取り上げられている現在、税収減に直結するような政策は打ち出したくないというのが工藤の考え方だった。  工藤の指摘に対して、山岡が言葉を返す。  「審議会の見解は、経済学者が行ったシミュレーション結果を踏まえた上で作られたものです。労働基本法廃止後の離職率や企業の人件費への配分率、企業収益の回復率などを推定したシミュレーションを行ってもらったのですが、短期的には国内総所得が低下するものの影響は微減の範囲に収まり、中長期的には現状を上回る増加につながるという結論が出されております」  「山岡大臣は、そのシミュレーションとやらについて、ちゃんとした説明を受けたのですか?」  「もちろんです。詳細な説明をしてもらい、私自身も納得しました。シミュレーション資料は量の関係で今回の提言書には添付されておりませんが、私の手元にはあります。よろしければ、工藤大臣にも差し上げますが」  「ぜひ頂きたいですね。それと、きちんとした説明もお願いします。ちなみに総理は、シミュレーションについて説明を受けておられるのですか?」  「山岡大臣から、資料と説明はもらっていますし、私自身異論はありませんよ」  「わかりました。まぁ、この部分の根拠がしっかりとしているのならば、私は反対するつもりはないのですがね」工藤財務大臣が質問の矛先を収めた。  続いて、一之瀬国家公安委員会委員長が発言を求めた。  「私は、一時的に離職者が急増する可能性に懸念を抱くのですがね。山岡大臣は、どの程度の離職者が、どの程度の期間発生するものと考えているのですか?」
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