第1章

13/115
前へ
/115ページ
次へ
 マスコミの反応を重く受け止めた厚生労働省は、国民への周知活動に心血を注いだ。労働基本法廃止を周知するためのテレビCMを流すとともに、ホームページ上での告知やパンフレットの配布を行った。 企業向けの説明会を各地で行い、廃止後も事業主が順守しなければならないことの説明や、廃止後も極力雇用や労働条件の維持に努めることへの要請も行う。メールや電話での相談窓口も設けられた。  そんな中、労働基本法廃止に関する法律の施行日を迎えた。 第2節 ノルマ地獄 1.  「よし、そろそろ打ち合わせを……」本村が三人の部下に声をかけようとしたそのとき、「みなさん、臨時の朝礼をしますから、会議室に集まってください!」という声とともに、総務課長の北島が顔を覗かせた。始業時刻の三分前であり、本村が部下たちの一日の予定を確認しようとしていた矢先だった。  「課長、臨時朝礼ってなんですかね?」  「さぁ。ひょっとしたら、賞与の話とかじゃないのか?」  「今年の冬の賞与、ヤバイんですかね?」  「特に会社からはなにも聞いていないけどな」部下と言葉を交わした本村は、会議室に移動すべく席を立った。  本村は、栄光産業株式会社という会社に勤務するサラリーマンだった。栄光産業はOA機器や通信機器、事務用品の販売を行う会社であり、本村はOA機器営業部第一課の課長を任されていた。  突然の朝礼に対して、本村は、二日後に控えた冬の賞与支給日を前に社長からはっぱを掛けられるのではないかと感じていた。長引く不況の影響で会社の業績が芳しくないせいか、年々賞与の金額は減らされていた。  本村には、高校一年生の娘と中学二年生の息子がいた。これから、ますますお金が必要になる。  本村は、子どもたちを大学に行かせてあげたいと考えていた。できれば国立の大学に入って欲しいが、ダメな場合は私立に行かせるしかない。私立の大学に進学するとなると、入学金やらなんやらでかなりのお金が必要となる。  「今回も全額貯金だな……」本村は、賞与の使い道を思い浮かべていた。  会議室に全従業員が顔を揃えた。従業員たちと向き合うように、社長の手島と取締役管理部長の石川が席に着いている。  「よし、みんな揃ったようだから、これから臨時朝礼を始めるぞ!」全員が揃ったことを確認した手島が、自慢の通る声で朝礼の開始を告げた。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加