第1章

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 「相変わらず業績は厳しいが、なんとか去年並みの賞与を支給することにした」という言葉が手島の口から語られた。従業員たちの顔に安堵の表情が浮かぶ。  本村も、内心ほっとした。ひょっとしたら、今年の冬は賞与を支給できないという話を聞かされるのではないかと思っていたからだ。  今の時代、賞与が支給されない中小企業もそれなりにあるという話を本村は耳にしていた。栄光産業も中小企業だ。業績次第では、賞与が支給されなくなっても不思議ではないと本村は覚悟をしていた。  賞与の話が終了した。しかし、臨時朝礼は終わりではなかった。  一呼吸置いた手島が、発言を続けた。  「ところで、みんなも知っていると思うが、今月の一日から労働基本法という法律が廃止になった」  労働基本法廃止のことは本村も知っていた。一時、新聞でも騒がれていた。しかし、廃止されることが、自分たちにどのような影響を及ぼすのかということは本村自身充分理解していなかった。  三人の部下たちからも、そのことに関する相談はない。みな、法律がどうのこうのということよりも、自分たちの目標をクリアーすることで頭が一杯だった。それに関しては本村も同じだった。  栄光産業では、課ごとに目標数値が割り当てられ、その数値を個人単位に落とし込んだ個人目標が人事評価の対象とされていた。本村自身も、個人の目標数値を与えられていた。加えて、課の目標を達成させる責任もある。部下の成績が悪ければ、自分自身の成績を上げてでも課の数字を達成しなければならない。  本村は、夜遅くまで残業する毎日を送っていた。  手島が言葉を続けた。  「我が社も、とにかく厳しい。みんな毎日頑張ってくれているが、これからも今まで以上に緊張感を持って仕事に臨んでもらいたいと思っている。ついては、労働基本法が廃止になったのを機に、我が社も労務管理のルールを変更することにした。まぁ、簡単に言うと、全員一律ではなく個別に雇用条件やルールを決めようという考え方だ。労働基本法は、法律で決められたルールの中でみんなの条件を決めることを要求した法律だったが、それが廃止されたんだから、今後は個別にルールを決めようと思う。そのほうが、みんなにとってもやりがいがあると思うがね」そう言うと手島は、目の前に居並ぶ従業員たちの顔を見回した。  従業員たちの表情は変わらない。
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