第1章

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 個人ごとの雇用契約条件を決めるための面談が行われた。  一人一人社長室に呼ばれ、条件が言い渡された。契約書のようなものはない。本村は、自分自身に言い渡された条件を持参したノートに控えた。  新しい基本給は、今まで家族手当や住宅手当などを含めて毎月支給されていた金額よりも若干少ない金額だった。通勤手当は、今まで通りの金額が支給される。  有給休暇は、現在残っている日数をいったんリセットした上で、新たな日数を与えるということが言い渡された。勤続二十年になる本村は、今まで毎年二十日間ずつ新しい有給休暇が発生していたのだが、新たに与えられる日数は八日間ということになった。  個人の成績や会社の業績が良くなれば基本給や有給休暇の見直しを行うということを、社長の手島は口にした。  本村の部下たちも戸惑いの表情を浮かべていた。三人とも、新しい基本給は、額面上は今までの基本給と諸手当を合わせた金額よりも高かったのだが、残業代が支給されなくなる分、総額では目減りすることになった。  ノルマを達成できない月は基本給を減らされるわけであり、部下たちの口からは、来月から給料が減ることが確定したかのような悲痛な言葉が漏れ広がった。  そんな部下たちに対して、本村は「頑張ろうよ」と励ましの言葉をかけるしか手立てはなかった。  すべての従業員に、翌月のノルマが言い渡された。  本村の課も、部長と本村との協議により全員のノルマが決定された。部長自身もノルマを背負った。これからも月ごとに部長との間でノルマ決定会議をしなければならないのかと思うと、本村は憂鬱な気分になった。  本村は、ノルマを三人の部下に通知した。  ノルマを告げられた部下たちは、悲痛な表情を浮かべた。  ノルマ数値は、単純に一年間の目標を十二等分したものではなく、年間の目標を必ず達成するために、現在までの未達成部分の数値を残りの月数で割ったものを基準としていた。よって、達成ペースの遅い従業員ほど過酷なノルマを背負うことになる。年々従業員に与えられる目標数値は引き上げられており、過酷さを増していた。  「そんなの、絶対に無理ですよ!」、「無茶苦茶ですよ!」不満を口にする部下たちを前に、本村は「自分も支援するから、あきらめずに頑張ってくれ」と励まし続けた。  ノルマを追いかける毎日が始まった。
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