第1章

17/115
前へ
/115ページ
次へ
 部下に対して「支援する」という言葉を口にした本村だったが、とても支援する余裕などなかった。本村自身が過酷なノルマを背負っており、達成できなければ給料を減らされてしまうからだ。  ただでさえ余裕のない生活だ。本村は、自分の小遣いを減らすことを家族に宣言した。妻も、パートの時間を増やすと言ってくれたが、それにも限度があるだろう。  営業訪問先へのアポイントを取った本村は、悲壮な表情を浮かべながら会社を出た。  部下たちの顔からも笑顔が失われていった。  今まで以上に遅い時間まで残業する毎日だったが、全員が月のノルマをクリアーすることができなかった。このことは、次の給料で控除が生じるとともに、翌月のノルマがより過酷になることを意味している。  部下たちの追い詰められた表情を目の当たりにした本村は、上司である部長に対して、賃金体系の見直しを行うよう会社に掛けあってくれと頼み込んだ。このままでは、全員が潰れてしまうという危機感を抱いたからだ。  しかし、部長の口から出てきた言葉は、「そんなことを考える暇があったら、もっと頑張れ!」だ った。  社長の手島も取締役管理部長の石川も、今の賃金体系を維持すれば、たとえ個人の成績が悪くても会社を維持するのに必要な利益は確保できるという確信を抱いており、今さら賃金体系を見直すつもりはないようだ。賃金体系は変わらないのだから、部下がノルマを達成できるようにフォローをしてあげるしかないというのが部長の考え方だった。  本村は、失望感にかられながら部長のもとを後にした。 3.  四月を迎えた。  新しく個人ごとの年間目標数値が設定され、十二等分した数値が最初の月のノルマに決められた。  今までは、四月に入ってすぐに部全体で決起のための飲み会を行っていたが、今回はそれもやらないことになった。時間がもったいないというのが表向きの理由だったが、部長の懐が厳しくなったことが真の理由のようだった。  会社公認の飲み会ではないため、いつもは課長たちが多少の負担をした後の残りの金額を部長のポケットマネーで賄っていた。しかし、賃金体系が変更されてからは、部長の給料にも毎月のように控除が発生していた。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加