第1章

18/115
前へ
/115ページ
次へ
 門出の季節であり、街は希望に満ちあふれた若者たちが桜の咲き誇る通りを闊歩する明るい雰囲気に包まれていたが、栄光産業は暗い雰囲気で覆われていた。営業に出かけるときの「行ってきます」の声も、送り出す側の「行ってらっしゃい」の声も、日増しに小さくなる。  本村も、疲れ切ったような表情を浮かべていた。  そんな中、本村を震撼させるような出来事が起こった。  ある日、営業先から戻った本村のもとに二人の部下がやってきた。要件を促した本村の前に、二通の封書が差し出された。退職願だった。  「ちょっと待て。君たち、なんでなんだ?」動揺する本村に対して、二人の部下が口を揃えて、これ以上この会社にはついていけないという言葉を口にした。今の賃金体系は、どう頑張っても給料が減らされる仕組みであり、希望が持てないというのが二人の共通の理由だった。  「しかし、会社を辞めてどうするんだ? 生活するためには、働かなければならないだろう?」  「これから探します」  「どの会社に行っても一緒だぞ! 楽してカネを稼げるところなんてない」  「楽してカネを稼げるところがあるなどとは思ってもいません。ただ、やったらやった分評価してもらえる会社はあると思っています」  「だから、うちの会社も、やったらやった分評価されるじゃないか。結果を出せば、次の年の基本給も増えるんだし、有給休暇だって増えるわけだし」  「でも、ノルマを達成できない月は給料控除されるのに、達成した月はプラスされていないじゃないですか! それに、目標数値も、現実に即さない数値を一方的に押し付けてくるだけだし……。要は、会社に利益が残ればいいっていう考え方なんですよね?」  このような言葉で部下から問い詰められた本村には、返す言葉がなかった。本村自身も、そのように感じていたからだ。しかし、家族との生活を支えていくためには、疑問に目をつむって頑張るしかなかった。  本村は、退職願を突きつけた二人の部下を引き留めることができなかった。  退職した二人の後を追うように、ただ一人残っていた部下も退職願を突きつけてきた。本村は懸命に慰留したが、願いは届かず、最後の部下も会社を去って行った。  本村以外の課でも退職者が相次いだ。さまざまな理由を口にして辞めていくのだが、本質部分では、全員が賃金体系への不満だった。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加