第1章

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 会社も新規の募集を行い何人かの新人が入社してきたが、大半の人間が短期間のうちに辞めていった。 誰もが自分のことで精一杯であり、新人のことをフォローする人間がいなかったからだ。  新人であってもノルマは課せられるのだが、慣れないうちは数字を上げられない。数字が上がらなければ賃金控除が発生する。  フォローできる人間のいない会社の状況を悟った新人の多くは、早々と去って行った。  本村の下に部下がいなくなった。  新しく部下が付くまでは、本村一人で課の目標数値を達成しなければならなかった。人数が減ったことによる目標数値の見直しは行われたが、常に会社に一定の利益を残すことが前提となっているため、一人あたりの目標数値は以前より増えることになった。  苦しい毎日が続いた。世の中の景気も好転しない。今の目標は、明らかに自分の能力を超えた数値だった。  できることなら、本村も今の会社を辞めたかった。しかし、すでに四十三歳になった。ここで辞めても、再就職に苦戦することは火を見るよりも明らかだ。まだまだ、子どもたちにも金が掛かる。  妻もパートの時間を増やしてくれており、自身の小遣いやレジャーなどに使うお金を削ってでも、なんとか今の会社に踏み止まり頑張るしかなかった。  しかし、踏み止まろうとする本村の心をくじけさせるような出来事が起こった。会社が、本村との間で交わした雇用契約条件を守らない事態が発生した。  本村は、四月からの雇用契約で、新たに十日間の有給休暇を与えられた。今まで残っていた日数をリセットすることが条件だが、業務に支障のない範囲で自由に使用することができ、当日の始業時刻までに申請すれば有給休暇を取得できるという条件になっていた。  あるとき、本村は風邪を引いた。三十九度の熱があり、体もだるい。  とても営業に回れる体調ではないと考えた本村は、朝一番に会社に電話を入れた。総務課に電話を回してもらい、風邪を引いたため有給休暇を使うということを告げる。  しかし、総務課から帰ってきた言葉はノーだった。驚いた本村は、理由を確認した。  それに対して、電話を代わった取締役管理部長の石川が、「ノルマ未達成の続く社員には有給休暇を与えられない」という言葉を返してきた。  本村は、業務に支障がなければ自由に使用できるはずだったということを問い質した。始業時刻前に申請したことも付け加えた。
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