第1章

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 退職と同時に、付き合っていた彼氏とも別れた。三年越しの交際だったが、自分の一生を託すような男性とは思えなかった。  「今までの人生をリセットして今後の自分を見つけるために、新しい仕事を探してみよう」そう決意したのだが、現実は甘くなかった。女性であっても責任のある仕事を任せてくれそうな会社に就職しようと考え仕事探しを始めたが、なかなか思うような先が見つからない。そもそも、正社員として雇ってくれる会社が少なかった。  「とりあえず、どこかに就職しなきゃ」気持ちの焦り始めた新山は、とある人材会社に再就職した。  総務部への配属であり、新山は総務から経理まで幅広い業務を任されることになった。とはいっても契約社員の身分であり、上には新山よりも年上の女性正社員が二人いた。  木山、水元と食事をしながらの会話は弾んだ。  三人は、月に一度ほど集まって食事をしていた。三人三様の生活環境であり、それぞれの身の回りの出来事や思いなどを口にしながら会話をする。  今回も、木山の旦那の話に始まり、水元と契約を結んでいる出版会社の担当者の話、新山の先輩女性社員の話へと話題が変化していった。  そして、最後に交わした話題が、労働基本法の廃止についてだった。  新山は、総務の仕事を行うにあたって、労働基本法のことを一通り理解した。自分たちのような弱い立場の人間が法律で保護されていたことも初めて知った。しかし、その労働基本法も、十二月から廃止になる。  新山は、労働基本法の廃止には反対だった。どう考えても、自分たちのように底辺で働く人間にとって有利に働くとは思えなかったからだ。  周辺の新興国が力をつけてきた中で、企業の国際競争力を高めるために雇用規制を取り除いて行かなければならないという考え方は理解できるが、現実問題、一人一人の生活が良くならなければ国自体が豊かにならないのではないだろうか。  政治家たちの主張は、「国が豊かになれば、国民生活も豊かになる。そのために、雇う側と雇われる側が力を合わせて乗り越えていけるような新たな枠組みを作る必要がある」ということだが、それは「自分たちのような弱者を犠牲にすることで成り立つ枠組みではないのか」と考えていた。  新山は、その考えを、木山と水元の前でぶちまけた。
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