第1章

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 二人も、新山の考えに理解を示した。木山も、旦那と二人で労働基本法の話をしたことがあるということだった。  しかし、二人と新山との間には、どこか温度差があった。木山も水元も、どこかに雇われている身分ではない。一般論としての労働基本法廃止が及ぼす雇われる側への影響を知ってはいるものの、身に染みて考えたことなどないのだろう。  最後は、新山一人が熱く思いを語り、二人が聞き役に徹する形で会話を終えた。 2.  そんな中、十二月十五日を迎えた。新山の契約更新の日だった。  契約社員である新山は、一年ごとの契約更新を繰り返していた。今回で五回目の更新になる。  前日に総務部長に呼ばれた新山は、引き続き契約を更新することを告げられた。しかし、今までのときとは様相が異なっていた。雇用契約書がなかったのだ。  不審に思った新山は、総務部長に対して「雇用契約書はないのか?」と訊ねた。  それに対して、総務部長が、労働基本法が廃止されたことを受けて今後は雇用契約書を作らないことにしたということを口にする。  雇用契約書がない代わりに、口頭で新たな雇用契約内容が説明された。  出勤日数や労働時間などは変わりなかったが、賃金が変わった。時給は据え置かれるが、残業時間に対する割増賃金が支給されないことになった。事務仕事とはいえ残業もある。実質的な賃下げだった。  業務内容に関しては、これからは総務部以外の仕事をやってもらうこともあるということが言われた。今までは雇用契約書に書かれた総務部の業務が新山の仕事だったが、これからはそれに限定されないというのが会社の主張だった。  さらに、契約期間を設けないということが言われた。今までのような一年ごとの契約更新は行わないということだ。  新山は、一瞬自分が正社員に昇格したのではないかという錯覚に陥った。しかし、賃金は時給制のままだ。正社員になったのなら、月給制に変わるはずだ。  新山は、総務部長に対して、契約期間を設けない理由を訊ねた。  それに対する総務部長の答えは、「雇用契約書がないのだから契約期間も設けない」ということだった。雇用契約書がないのだから、今までのような一年ごとの契約更新を行う必要はないのではないかというのが会社の考え方のようだ。
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