第1章

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 契約期間が設けられないということに安堵した新山は、そこに大きな落とし穴があることに気づかないまま、新たな契約内容に合意した。  その日から、新山の仕事が大きく変化した。今までやったことのない仕事が頻繁に回ってくるようになった。  新山の会社は人材会社であり、人材派遣や人材紹介が主な事業だった。仕事を探している求職者と面談し、自社の人材として登録する。同時に、人を探している求人企業を開拓し、登録者の中から求人要件に見合う人材を見つけて求人企業に提案する。話が上手くまとまれば、手数料や紹介料が会社に入る。  そのために、営業マンたちが、日夜求職者との面談や求人企業との交渉業務に臨んでいた。そのような業務の一部が、新山のもとに回ってくるようになった。  回されてくるのは、求職者への連絡や求人企業へのアポ取り、資料作成などの補助業務だった。ときには、求職者面談に立ち会うこともあった。  そのため、新山の残業時間が増えた。求職者面談の立会いに関しては、週末に行われることもある。  いくら残業や休日出勤をしても通常の時給で計算された賃金しか支払われなかったが、新山は、自分は会社から必要とされているのではないかと感じていた。  いろいろな業務を経験する中で、いつかは正社員として登用されるのではないだろうか。契約更新のときに、契約期間を設けず業務内容も特定しないと言われたのは、そのことを含みにしているからなのだろうと新山は解釈した。  主体的な仕事をやりたいという思いで前の会社を辞めたわけであり、やっと自分にも追い風が吹いてきたようだと新山は感じていた。  そんな新山だったが、やがて自分自身の大きな勘違いに気づかされるときがやってきた。  三月も半分ほどが経過し、日中も春めいた日差しが照りつけるようになったある日、新山は総務部長に呼ばれた。  その日は、営業から回ってくる仕事もなく、定時で帰れそうな雰囲気だった。終業時刻の十分前となり、帰りに銀座に立ち寄りウインドウショッピングでもしようかと考えていた矢先のことだった。  新山は、総務部長とともに会議室に入った。総務部長が、席に着くように言う。  訝しげな表情で席に着いた新山に向かって、総務部長が口を開いた。  「新山君は、入社して五年目になるのかな?」  「はい」  「いろいろと会社のために頑張ってくれたと感謝していますよ」  「……」
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