第1章

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 新山の新たな社会人生活がスタートした。  ここでも、今までの経験を買われて、経理業務も含めた事務業務全般を任された。新山も、すぐに会社のルールを覚え、事務員としての仕事をこなしていった。ときに残業になることもあったが、幸いにして残業時間の割増賃金はきちんと支払われた。  残業代は支払われたが、別のことが新山を戸惑わせた。  今度の会社では、午前十二時から午後一時までの一時間が休憩時間という扱いになっていた。しかし、休憩時間中も外部からの電話が頻繁に入り、オフィスにいる人間が電話対応を行わなければならなかった。その業務を、事務職の女性社員が対応することが慣例となっていた。  電話対応業務を負わされた新山は、休憩時間とはいえ自由に休むことのできない毎日が続いた。持参した弁当を食べている最中に電話が鳴る。そのたびに、口の中のものを流し込み、電話を取る。要件を確認し、現場に出ている現場監督や営業の携帯電話に連絡を入れる。  このような作業が日々繰り返された。しかも、この仕事に対して賃金は支給されない。  社長にそのことを相談しようと考えたが、あきらめた。相談したところで、改善されるとは思わなかったからだ。労働基本法が廃止になったことで、休憩時間に仕事をした分の賃金を支払わなければならないという根拠は存在しなくなっていた。  文句を言わず仕事をこなしていた新山だったが、あるとき感情を表にするような事態が発生した。  その日は、朝一番に作業員たちが現場に出かけ、営業も全員が早くから出払っていた。新山以外のもう一人の女性事務員も休んでおり、朝から、事務所にいるのは社長と新山の二人だけとなった。  二人きりになったのを見計らって、社長が新山のもとにやってきた。開いている隣の席に座った社長が、話しかけてくる。  「新山ちゃん。今晩、美味しい寿司を食べに行こうよ。店を予約しておいたからさ」  「えっ? そんなこと、急に言われても困ります」  「そんな固いこと言わなくてもいいだろう。どうせ、予定ないんだろう?」  社長は、これまでも、たびたび新山に対して二人きりの食事や酒を誘ってきた。もう一人の女性事務員が言うには、社長は女癖が悪いことで有名だということだ。そのことを聞いていた新山は、なにかと理由をつけては社長の誘いを断っていた。しかし、社長もあきらめずにしつこく誘ってくる。
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