第1章

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 そのような構図の中で議論の進められた労働基本法廃止についての検討会も、今回で八回目を迎えた。 そろそろ労働政策審議会としての結論を出さなければならない。そのことを胸に、会長を務める隆盛大学大学院政策戦略研究科教授の山月が検討会の開始を告げた。  労働政策審議会としての見解は、厚生労働省に対して労働基本法廃止に向けた提言を行っていくということで固まりつつあったのだが、一部の委員からの根強い反対意見もあるため、今日の検討会では、労働基本法が廃止となった場合の国民の不利益について最終的な検証を行うことが予定されていた。  さっそく、反対派の筆頭格である日本技工産業労働組合連合会中央執行委員長の鳩村が発言に立った。  日本技工産業労働組合連合会は金属加工産業の労働組合を束ねる上部組合として活動しており、その代表格である鳩村は、日本の金属加工産業を支えてきたベテランの技能工職人たちの行き場がなくなることを懸念していた。  ただでさえロボット化が進んでおり、その上労働基本法が廃止になれば、賃金を始めとした彼らの労働条件が一斉に引き下げられる動きが広まることが目に見えている。ベテランの技能工職人は、潰しのきかない人間も多い。労働条件が引き下げられたからといって、今さら職を変わるわけにもいかず、泣き寝入りを余儀なくされる人間が多く出ることが予想される。  それらの懸念を胸に、鳩村は発言した。  「我々金属加工業界では、この道一本で来たベテラン技能工職人が多いのですよ。労働基本法が廃止になれば、給与水準の高い彼らの労働条件が引き下げられることは目に見えています。しかし、彼らはこの道一本でやってきた人間が大半であり、今さら他の道に進むわけにもいかず、泣き寝入りをせざるを得なくなる人間がたくさん出てきます。そうなると、彼らのやる気も下がり、我が国の基幹産業の一つである金属加工産業も廃れてしまいます。労働基本法廃止の議論が必要なことは理解できるのですが、実際に行動に移すのは時期尚早であると考えます」  鳩村の意見に対して、使用者代表委員の真中が反論した。  大手繊維メーカーの会長職を務める真中は、早くから雇用流動化の必要性を説いてきた人物でもあった。
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